「1日10個なら10日で100個おぼえられる」は失敗する
●なぜ [ ] なのか ― ①
次の英文を訳せ。
We often hear it said that fathers want their sons to be what they feel they cannot themselves be.
多くの卒業生が「体験記」のなかで、[ ]や( )をつけることで、英文の意味がよくわかるようになったとコメントしている。その原点は英文の構造分析にある。複雑な英文に出くわすと、だれしも、読むスピードをゆるめ、立ち止まって文の切れ目を考える。人は、よくスラッシュを入れる。おそらく以下のように入れるのが一般的。
We often hear it said / ①that fathers want their sons /② to be what they feel /③ they cannot themselves be.
しかし、このような複雑な文になると、スラッシュを入れただけでは、解決にならない。音読するときに少し読みやすくなったと感じるぐらいで、意味がよくわかるようになるわけではない。
英文の構造は、英文法と同じように立体的になっている。スラッシュだけでは、文の切れ目や、語句のかたまりは見えても、そのかたまり同士が、どのような関係にあるかまでは見えない。
上記の英文の構造はこうなっている。
We often hear it said [that ~ ].
itは、that節を受ける。it = [that ~ ]
[that ~ ]節の中身: fathers want their sons to be [X].
「父親は息子にXになってもらいたいと思っている」
[X]の中身:They feel [they cannot themselves be what]. は、
「父親は自分はwhatになれないと感じている」の意味。
what they feel they cannot (themselves) be.は、関係代名詞whatが文頭に移動したもの。(themselves)は父親を指し、再帰代名詞の強意形。
We often hear it said[that fathers want their sons to be [what they feel [they cannot (themselves) be]]].
「われわれは、父親は自分自身にはなれないものに息子がなってくれるのを望んでいる、というのをよく耳にする」
このように、この英文の構造を分析してみると、先にあげたスラッシュの入れ方は問題だとわかる。①と③のスラッシュは、節の切れ目に入れたスラッシュなので合理的だが、②のスラッシュは合理性を欠く。
②は、S V O C(S want their sons to be~)で、目的語(their sons)と補語(to be~)の間にスラッシュを入れてしまっている。このようにS V O Cで、OとCの間を分断してしまったのでは、英文は読めなくなる。実際、この英文を正確に読める生徒は、極めて限られている。
●なぜ [ ] なのか ― ②
もう一つ例を挙げておこう。
I don’t know what I said or even if I said anything.
この英文にスラッシュを入れるとすれば、一般的にはこうなる。
I don’t know / what I said / or even if I said anything.
その結果、次のような誤訳が生まれる。
(誤) 私は何を言ったかわからないし、たとえ何かを言ったとしてもわからない
スラッシュを入れただけでは、英文のもつ立体構造をとらえきれなくて誤訳に陥る。
[ ]をつけて構造分析すると:
I don’t know[[what I said ]or [even if I said anything]].
(正)I don’t know [[名詞節] or [名詞節]].
(誤)I don’t know [名詞節] or [副詞節].
正しい訳は、「私は何を言ったかわからないし、何かを言ったかどうかさえもわからない」
※この英文の解説は、別角度から詳述。(§21-2)
このように[ ]は、英文の構造を読み解くうえでの強力なツールとなる。改訂に際しては、[ ]のつけ方を、4ページにわたって例示した。
●どこからでも、何度でも、マメに開けよう
本書の構成は、大ざっぱに分けると、§1~§30までは英文法が中心。それ以降は単語や熟語を主に扱っている。
高1の授業は4月に始まり、文法解説(§1~§30)の部分は6月ごろまでに終える。約3ヶ月で、英文を読むのに必要な英文法の説明をおおむね終えてしまう。各セクションの解説は、5分から10分、長くても20分。
先にも述べたように、授業ではホワイトボードを使った板書は行わない。わずか5分から20分であっても、その解説の内容は濃い。授業は本書を使って快適に進む。各セクションを20分で終えれば、30セクションを600分、すなわち10時間で終えることになる。倍の時間をかけたとしても20時間。
前述の『ロイヤル英文法』は大著で、ページ数は900ページ。これを20時間で読破し、理解するのはムリだが、本書なら、難なくこなせる。わずか3ヶ月で、英文法の概要を身につけてしまえば、のちの英語学習のパフォーマンスは飛躍的に向上する。
一通り解説を聞いたからといって、理解できるわけではないが、理解はムリでも、英文法の全体像は飲み込める。英文法の全体が見通せるようになると、「部分」と「全体」との関係がよく見えるようになる。細部の文法事項を学ぶ際に、迷路に入り込むことも、自分を見失うこともなくなる。
本書を覚えようとして、1ページ目から順を追って覚えようとしても、すぐにいやになるだろう。よくわからない箇所に出くわすたびにあれこれ考え込んでいると、まったく前に進まなくなる。その結果、途中で投げ出すことになる。本書を習得するには、じっくり考え込むよりも何度もすばやく繰り返したほうがいい。何度も読んでいるうちに、ああそういうことなのか、と後で理解できることはよくある。本書は、さーっと目を通せば理解できるようにビジュアル的に作ってある。
授業では、同じページを幾度となく開く。開く回数は、2、3回ではない。2、30回でもない。場合によっては100回を超える。これに、自己学習で開く回数を加えれば、その回数は2、300回に及ぶ。
本書は、辞書のように、ことあるごとに何度でも引いて欲しい。くり返し引いているうちに、ムリに覚えようとしなくても、結果的に頭に入ってしまう。
●「1日10個なら、10日で100個おぼえられる」は失敗する
100個の英単語を10日で覚えるのに、1日に10個ずつ覚えていけば、10日で100個になる。一見、合理的にみえるが、100個目を覚えているころに、最初の10個は忘れてしまう。それよりも、毎日100個すべてに目を通し、それを10日くり返した方が、よほど頭に残る。
『新・基本英文700選』(駿台文庫)の人気は高い。これを暗記しようとする受験生は多い。50ずつなら2週間、100ずつなら1週間で仕上がる、とだれしも考える。しかし、このように分割して覚えようとして上手くいった受験生を知らない。小分けに分割した結果、ことごとく途中で投げ出している。1~700までを1ユニットのまとまりとしてとらえ、それをくり返すほうがいい。挫折しないでやりとげるコツは、覚えられなくても委細かまわず、できるだけ短期間で全体を繰り返すのがいい。
うるし塗りでは、バカ塗りと言われるほど何度も何度もうるしを塗り重ねる。私は、この何度も塗り重ねるうるし塗りのやり方で、さまざまな教材を攻略してきた。
『英文標準問題精講』(320回)・『新・基本英文700選』(550回)・『和文英訳の修業』(180回)・『改訂 英作文の栞 』 (60回)・『英語は絶対勉強するな』(CD・180回)・『DUO 3.0』 (CD・40回)・『速読英単語必修編』 (CD・300回)。
( )内の回数は、音読回数とシャドーイング回数の合計。
●どんなに遠い道のりでも必ず到達する
私の暗記の原点は、「ういろう売りの台詞」にある。「ういろう売りの台詞」は歌舞伎の台詞だが、滑舌の訓練になると聞いて、音読を続けていた。ある日、目で追っている箇所よりも数語先をしゃべっていることに気づいた。ひょっとしたら暗記しているのでは、と原稿を伏せてみると、案の定すらすら言えるようになっていた。「暗記しようとせずに暗記してしまう」を、身をもって体験した衝撃の瞬間だった。そういうことなのか、と身体には激震が走った。
「量質転化」という法則がある。量が、ある一定量を超えると、その質が変化する。スプーンで1杯ずつバスタブに水を溜めるとする。スプーン1杯の水はわずかだが、水を入れ続ければ、バスタブはいつか必ず水でいっぱいになる。満杯になった後の、次のスプーン1杯の水で、バスタブからは水があふれ出す。この1杯は、オーバーフローという決定的な質の変化をもたらす。
残念ながら、多くの人がこの最後の1杯にたどり着けずに諦めてしまっている。大きなバスタブに対してスプーン1杯の水は、感覚的にはゼロに等しい。無駄としか思えないから、こんなことをくり返して何になる、と大抵の人は止めてしまう。1/10……3/10……5/10……7/10……9/10と、徐々に溜まっていくにつれて、だんだん実感できるようになっていく。そして、ついに満杯になりオーバーフローが起こる。多くを期待せず、心を無にして淡々と続けていれば、経験から言って、その日はだれにでも必ずやって来る。
2018年1月3日