「部分」と「全体」の関係をつかめ
●学習効率は5、6倍、向上する
本書の原型は、いまから20数年まえにさかのぼる。はじめはほんの数ページの小冊子にすぎなかったが、年を追うごとにページ数が増え、1996年にはバージョン3.0になった。それでも総ページ数はわずか28ページ。
記憶をたどると、いちばん最初に作ったページは「不定詞」。本書ができるまでは、授業で、不定詞が出てくるたびに「不定詞とは……」を、ところせましとホワイトボードの全面をつかって解説していた。『ロイヤル英文法』(旺文社)では、不定詞の項だけでも40ページもある。1回の板書では足りず、生徒が写し終えるのをまって、解説を加えながら書いては消してをくり返した。教えるという作業は肉体労働のようなところがあった。
こんなわずらわしさがあって、あらかじめ準備しておいた「不定詞」のプリントを配り始めたのが本書を作るきっかけになった。
本書を使うことで、教師が板書する時間と、生徒がそれを写し取る時間が省かれ、授業効率は大幅にアップした。教室にホワイトボードはあるが、まれにしか使っていない。大学入試に不可欠な重要項目の大部分を、本書はカバーしている。その結果、教師にとっても、生徒にとっても、板書という前近代的な作業は不要なものとなった。
もっとも、効率化は必ずしもプラスとは限らない。こんなOBの感想もある。
― 本書のできるまえは、板書とともに猛スピードで展開される解説を、ひたすら雑記帳に書き留めていた。それを家でじっくりとノートに整理し直すと、よく頭に入った。あらためてノート作りをしたことが、効果的な復習になり、それで理解が深まったと思う ―
●2万時間のエッセンス
「不定詞」の次に作ったのが、「英文解釈の視点」。英単語や熟語とは別に、大学入試の英文が正確に読めるようになるにはいったい何が必要かを考え抜いて、上記のようなタイトルになった。この「英文解釈の視点」に挙げた着目点は、20数年たった今も、まったく変わっていない。
実力次第で給与が決まる都内の大手予備校で、もまれること3年。地元の予備校や公立高校の講師を経て、入試英語に精通していった。文法解説をする際に、市販の参考書は、どれも帯に短したすきに長しで、自分が納得できる参考書は、自ら作るしかないと決意した。
これまでの授業の総時間数は2万時間を超える。一般に、1万時間でその道のプロと言われているが、2万時間はその倍にあたる。授業という実践の場で、生徒がどこでつまずき、どこで混乱し、どこで行き詰まるかを、常に目の当たりにし、熟知している。その体験と知見を元に、加えたり、削ったり、わかりやすさを目ざし改訂してきた。これまで、改訂してきた回数は10回に及ぶ。
●見開き2ページという一覧性
それぞれのセクションは見開き2ページにしてある。とくに文法事項は、1項目を見開き2ページに収まるように努めた。わずか2ページの分量でも、英文法に関しては、あらゆる入試問題に対応できるようになっている。このことは20数年にわたって塾生が使ってきたことで実証済み。
先に挙げた『ロイヤル英文法』では、「不定詞」は40ページ。40ページもあったのでは、手短に要領よく頭に入れるのはむずかしい。本書では、その40ページ分を2ページに濃縮してある。見開きなのでひと目みて、「不定詞とは何か」の全体像が容易につかめるようになっている。
これは「紙辞書」と「電子辞書」の関係に似ている。「紙辞書」でenoughを引くと、enoughには、「形容詞」「名詞」「副詞」の意味があり、その全体象がひと目でわかる。一方、「電子辞書」では、小さな画面で目にできるのは、「十分な」という形容詞の意味だけで、スクロールしていかないと、全体像は見えてこない。
●「部分」と「全体」の関係をつかめ
文科省の提唱する「コミュニケーション英語」へのシフトによって、高校で「英文法」という授業名は消え、文法軽視はとどまるところを知らない。英文法をもとにして、まともに英文が読める生徒は、教師も含め、どんどん減っている。
5文型のなかで、特に第5文型(SVOC)が大事だからといって、第5文型だけがわかればいいというものではない。Oの理解には、第3文型(SVO)がベースにあり、Cの理解には第2文型(SVC)がベースにある。さらに付け加えれば、Oの理解には、他動詞と自動詞の判別が欠かせない。
「時、条件の副詞節の中では未来を表すwill は使えない」という、高1英文法の、いわばハイライトがある。受験で必須の文法事項なので、受験生なら誰でも知っている。しかし、これをきちんと説明できる生徒は少ない。重要だからといって、フレーズだけを暗記しても意味はない。これを理解するには、「副詞節」とは何かがわからなければ始まらない。
「副詞節」の理解には、まず「名詞節」の理解が要る。さらに「名詞節」の理解には、名詞の働きを理解しておく必要がある。そして名詞の働きとは、S、O、Cの理解であって、これは文型の理解にほかならない。
逆に言えば、S、O、Cの上位概念に「文型」があり、「文型」の上位概念に「節」がある。こうした英文法の立体構造が見えてはじめて「副詞節」とは何かがわかるようになる。このように段階を踏んで論理的に理解を深めていかないと「副詞節」の理解にはたどりつけない。英文法を無視した現在の高校教育では、こうした一歩一歩コマを進めるようなアプローチを行っていない。その結果、「if節や、when節では、willを使ってはいけない」という、とても英文法とは呼べない乱暴なルールがまかり通ることになる。
●立体構造としてつかめ
本書では、「節の考え方」と題して、強調構文も含めて、「節」のもつ立体構造を、1ページ全体を使って図示した。
また、「文中で~ingを見たら」と題して、「動名詞のing」と「現在分詞のing」がどういう関係にあるかを、分詞構文も含めて、1ページ全体を使ってその立体構造を図示した。
さらに、「動名詞」「分詞」「不定詞」の3つは、同等の並列関係にあり、「準動詞」という上位概念でくくれることがわかる。3つの関係を立体構造として把握することで、上から俯瞰することができるようになる。そうすると、「動名詞」「分詞」「不定詞」には、ある動作を「①だれが」「②いつ」行うかという、動作にまつわる2つの重要事項が共通に含まれていることが理解できるようになる。
「部分」と「全体」の関係は、旅行にたとえればこんな話になる。高松から東京に向かう場合、高松 → 岡山 → 新大阪 → 東京の全旅程が頭に入っていれば、間違って博多行きに乗ることはない。行き先の違うローカル線に迷い込むこともない。高松を出て今どこにいるのか、東京まではあとどれくらいなのかも容易に把握できる。
文法学習の現状では、「全体」との関係を忘れ、「部分」にとらわれ、自分は今どこにいて、自分がやっていることが、どこへつながっているかを見失っている生徒は大勢いる。
2017年12月03日