暗記の喜びは達成よりもそのプロセスにある
●『DUO 3.0』はすぐれた英会話集
英会話に役立てようと、『DUO 3.0』の暗記を始めた。同書の紹介にはこうある。「すべての英文は、米国の大学教授3名を含む15名のネイティヴと共に完成させた『暗記する価値のある英文』」
ロシアによるウクライナ侵攻に関して、そのまま使えそうな例文がいくつもある。(数字は例文の通し番号)
140.彼らは攻撃を逃れる場所を探したが、隠れる場所はどこにもなかった。
141.軍縮において、両国が大きな進展を遂げる見込みはほとんどない。
142.交渉は進行中だ。そろそろ正念場を迎えるだろう。
422.私たちは暴力に頼るのではなく、理性に訴えるべきだ。
424.軍は全領土を占領することに成功した。
425.このような状況では、敵は降伏せざるを得ない。彼らがこれ以上持ちこたえることは不可能だ。
428.その命令にいやいや従う兵士もいた。
429.彼の政権はきっと崩壊する。
430.同盟諸国はその侵略行為が国連決議に違反するとして、厳しく非難した。
431.その国で内乱が勃発する可能性がないとは断言できない。
コロナ禍に関しても、少し加工すれば以下の例文が使える。
30.彼の政策はきっと暗い結果を招くだろう。徹底的な見直しが必要だ。
47.インフルエンザの流行で、現在までに200人もの人が亡くなっている。
48.それらの錠剤の効果は強烈だが持続性はない。
58.その病気の初期症状は高熱と喉の痛みです。
61.私の娘婿は徐々に胃癌を克服しつつあり、今は明るく元気だ。
316.鎮痛剤を飲めば、すぐに頭痛は治ります。
317.「何だか体調がわるいなあ」「一日休みを取った方がいいわよ」
318.この飲料に含まれている成分には有害なものもある。とりわけ、妊娠中の人にとっては。
327.政府は感染の拡大を未然に防ぐための適切な措置を取らなかった。
339.同じような人々からなる私たちの地域社会では、体制に従おうとする意識は不可欠な要素である。
339.の英文は、Conformity is an essential element of our homogeneous community.
conformityやhomogeneousは、日本人の精神性や日本社会を語るときのキーワード。この一文が言えるだけであなたの会話は光を放つ。日本では、「マスクの着用をいつやめるか」は「みんながマスクをやめるとき」になる。
●どうやって覚えるか
560個も例文があると、分割して10個ずつ56日かけて覚えていこうとするかもしれない。しかし、これは失敗する。かりに半分まできたとして、最初の10を振り返ると、まったく言えなくなっていることに気づく。そこで落胆し、挫折する。
コツは、部分に分解せずに、1から560までをひとつの作品とみなす。10個×56ではなく、560個×1をくり返す。
漆塗りは、塗っては乾かし、塗っては乾かし、を何度もくり返す。茶碗に漆を塗るのに、まず半分だけ完成させ、それから残り半分をという手順は踏まない。560個の英文暗記も、分割という戦略をとると、途中で断念することになる。
1から560までを、ゆっくり暗記しながら一通り目を通す。時間をかけてゆっくり進めばいい。何時間もかかる。2周目は、少し時間が縮まるが、やっぱり数時間かかる。ここで、うんざりしてはいけない。「こんなもの、覚えられるだろうか」「自分にはムリかも」と、余計なことを考えてはいけない。淡々と3周目に進む。
自転車はこぎ始めがいちばん重い。しかし、走り出しさえすれば、後はだんだん軽くなっていく。10周目でも、まだ重いと感じる。ここで、「10周しても、まだ重い」と思ってはいけない。1周目と比べれば、10周目はあきらかに軽くなっている。
●まだ始まったばかり
20周を超えても、何度もつまずく個所はいくつもある。ここでも、嫌になったり自分を否定してはいけない。
私のなかで、暗記とは「数百回くり返すこと」を意味する。20周目はほんの序の口であり、まだ始まったばかりである。そう考えれば、つまずくのは当然だと納得できる。わずか20周でこのレベルなら、このあと数百回くり返せば、間違いなく完全攻略できると予想がつく。
「数百回のくり返し」は、個人的な体験に基づく。『ういろう売りのせりふ』や『700選』を、ともに数年かけて数百回くり返して覚えてきた。数回、あるいは十数回くり返したぐらいで身につくはずがないことは経験からわかる。
かりに、数百回で覚えられなかったら、数千回くり返すんだという覚悟で臨めば何だって覚えられる。「我が社に失敗はない」と、一流の経営者は言うが、これは裏を返せば、成功するまでやり続けるという決意に他ならない。
●進歩している自分にフォーカスする
人間は、長所よりも短所、在るものよりも無いもの、プラスよりもマイナスに目が向くようになっている。
「また間違えた」「またつまずいた」と、ミスに気を取られてはいけない。ミスは当然のものとして受け入れる。ミスに目を向けるのではなく、進歩している自分に光を当てる。「ここは前回よりもスラスラ言えるようになった」「ここはサラッと言えてスカッとした」と。
気持ちは放っておくとネガティブに向かう。意思の力でポジティブな方向に変えていく必要がある。ピッタリのフレーズがある。
例文3.―Let go of your negative outlook on life. Always maintain a positive attitude.
悲観的な人生観を捨て、前向きな態度を常に持ち続けよう。
●細切れの時間を徹底活用する
『DUO 3.0』には、暗記用にコンパクトな「例文集」が付いている。名刺を少し大きくしたサイズで、シャツの胸ポケットにすんなり収まる。いつでも手軽に取り出して覚えることができる。
ページ数は200ページほど。途中までの進度がわかるように目印にクリップを挟むようにしている。続きのページにすぐにアクセスできる。この小冊子は、酷使したらボロボロになると思い、前もって表紙にフィルムを貼って補強した。
表紙や裏表紙のウラのページもフル活用している。何月何日に何周目を終えたかをメモってある。最初の1周目は2週間かかった。いま、110周目に入り、ほぼ1日で1周している。1周するごとに日付を記録することで、日々の進捗状況が「見える化」できる。1周する時間がどんどん短くなってくのがわかり、モチベーションがアップする。
暗記は単調な作業なので、机の前に座って長時間やるよりも、環境を変え、スキマ時間を利用すると効率がいい。スキマ時間は、その気になればいくらでも見つかる。
家人が買い物をしているときの待ち時間。どんなに待たされてもイライラしなくてすむ。むしろ大歓迎。図書館に行ったとき。ロビーで15分、閲覧室のソファーで15分、帰りに再びロビーで15分。場所を変えるだけで、気分が変わりサクサクはかどる。電車に乗ったときは黄金タイム。次の駅まででいくつ暗唱できるかをゲームにしている。ジムで利用するウォーキングマシーンやエアロバイクの単調なくり返しは、暗記と相性が抜群にいい。
●結果よりもそのプロセスを楽しむ
旅行は1週間前からワクワクする。旅行そのものよりも、そこに向かうプロセスの方がむしろ楽しい。人間は結果よりもプロセスを楽しむようにできている。
『DUO 3.0』の暗記を300日で達成したとする。
Aさんは、歯を食いしばって努力に努力を重ね300日でやっと目標を達成。幸せだったのは300日目の1日のみ。残りの299日間は、つらく苦しい日々だった。
Bさんは、暗記に挑む自分を誇りに思い、1歩1歩、 進歩していく自分を楽しんだ。Aさんと同様に300日で目標に到達。Bさんは、目標に至る1日1日が、すべて幸せの日々だった。
『DUO 3.0』の攻略は、かんたんではない。早く覚えようするから、挫折する。The sooner, the better.は心理の罠である。ゆっくり覚えて何が悪いと開き直ってはどうか。
ゴールの見えない長い道のりを、短距離走法では続かない。ゆっくりと景色を楽しんで走ってはどうか。楽しみながら、リタイアーさえしなければ、思いのほか早くゴールに到達する。
2023年03月05日