勝浦英語塾では、英語指導歴30年のエキスパートが、大学受験英語を通して、30年後にも通じる、生き方と在り方とその方向性を伝えています。 

180203

a:737 t:1 y:3

たった1行でも意味がある 

― 新チュンプルズ はじめに(3) 2018年春・改訂予定 ― 

●あまりに平凡なことわざ ― ちりも積もれば山となる

 「量質転化」の法則は、ヘーゲルの『小論理学』(岩波文庫・上巻p.325~327)や、『弁証法はどういう科学か』(三浦つとむ著・講談社現代新書・p.207~221)に詳しい。いちど目を通しておくと、ややもすると単調で無味乾燥になる反復くり返しを、モチベーションを下げずに、淡々と行うことができる。
 
 「量質転化」というと、むずかしく聞こえるが、かけ算の九九を覚えたときのことを思い起こせば、「くり返せば覚える」は、だれしもが経験している。ただ、だれしもが経験し、わかっていながら、その実践はむずかしい。むずかしいからこそ、古人は、その知恵をことわざに落とし込んだに違いない。その知恵は、洋の東西を問わない。

 ・門前の小僧、習わぬ経を読む
 ・ちりも積もれば山となる
 ・急がば回れ

 ・Habit is a second nature.  習慣は第二の天性
 ・Haste makes waste. 急がば回れ
 ・He who shoots often, hits at last.   何度も射れば、最後には当たる
 ・Practice makes perfect.  習うより慣れろ
 ・Rome was not built in a day.  ローマは一日にしてならず
 ・Slow and steady wins the race.  ゆっくり着実にやれば必ず勝つ
 ・The last drop makes the cup run over. 最後の一滴がコップをあふれさせる
 ・The last straw breaks the camel's back. 最後の一本のワラがラクダの背中を折る

 「ことわざというものは、それが真理であることを親しく体験しない限りは、つねに平凡なものである」(『英文標準問題精講』練習問題【99】)

 Proverbs are always commonplaces until you have personally experienced the truth of them.(ALDOUS HUXLEY, "Jesting Pirate")
 
●かんたんなことから、すぐにできることから手をつけよう

 勉強は、やらなくてはと思いながら、だれしもなかなか取りかかれない。アランは、『幸福論』
(岩波文庫)のなかでこう言っている。

 よい仕事だと思いながら、していない仕事がわれわれの前にはたくさんある。刺繍もはじめは楽しくない。しかし、縫い進むにつれて、その楽しみは加速度的に倍加する。何ひとつ期待することなく始めなければならない。期待がやってくるのは、仕事がはかどってからである。ミケランジェロは頭の中であのような形象をすべて考えた後、描いたとは、ぼくには思えない。ただ彼は描きはじめた。すると、諸人物があらわれてきた。描くというのはそういうことだ。― (同書、始めている仕事、より)

 ヒルティの『幸福論』(岩波文庫)では、こうある。

 何よりも肝心なのは、思い切ってやり始めることである。机にすわって、心を仕事に向けるという決心が、結局いちばんむずかしい。ある人は、始めるのに、ただ準備ばかりしていて、なかなか取りかからない。またある人は、興味がわくのを待つが、興味は仕事に伴ってわくものなのだ。大切なのは、事をのばさないこと、気の向かないことを口実にせず、毎日、一定の時間を仕事にささげることである。― (同書、仕事の上手な仕方、より)

 賢人が言うように、勉強は、取りかかるのが一番むずかしい。こぎ始めの自転車と同じで、始めがいちばん重い。いったんこぎ出せばペダルは軽くなるのだが、こぎ始めはとにかく重い。重いから気が進まない。慣性の法則は、勉強にもそっくりそのまま当てはまる。静から動への変化を起こすには、「どっこいしょ」が要る。

 Newton's law of inertia:A body at rest tends to remain at rest and a body in motion tends to remain in motion. ― 静止している物体は静止を続け、運動している物体は運動を続ける。

 したがって、嫌いな学科よりも、好きな学科の方から始めた方がいい。苦手な分野よりも、得意な分野の方が始めやすい。むずかしい本は、やっぱりむずかしい。やさしい本なら、読んでみようか、という気になる。

 「毎日2時間は勉強しよう」は、たぶん続かない。「さあ、これから1時間は集中しよう」も、たぶん失敗する。それほど静から動への「慣性」の呪縛はすさまじい。まじめに取り組もうとすればするほど、その分だけ大きな壁となって立ちはだかる。

●18分だけやってみよう

 勉強への取り組みは、軽く考えた方が上手くいく。『18分集中法』(菅野仁著・ちくま新書)からは多くのヒントを得た。

 18分集中法とは、とりあえず18分だけ集中して作業に取り組もうという考え方。具体的で、実践的で、シンプルだから、だれにでも実行できる。

 18分は、15分よりも3分長く、20分には2分足りない。18分という、中途半端な時間設定が、アクションを起こすエネルギーを生む。中途半端だからこそ行動を起こす引き金になる。

 人間には空白を埋めたいという欲求がある。「1口かじったリンゴ」と「丸ごとのリンゴ」があれば、「1口かじったリンゴ」の方に注意は向く。人間には、足りないものや欠けているものに注意が向く傾向がある。「なぜかじったのだろう?」「誰がかじったのだろう?」「なぜ1口なのだろう?」

 スーパーやコンビニで見かける198円という表示も、たんに200円を切っているというだけではなく、200円に2円足りないという「中途ハンパ感」が、買い物客の気を引く。

 18分はまとまれば切りのいい時間になる。3セットで54分だから1時間弱。5セットならちょうど90分。

 「18分くらい」なら、「18分だけ」なら、と軽い気持ちで始められる。18分は、ちょっとした工夫で生み出せるし、いたるところにころがっている。

 18分は、さまざまなやっかいな作業を行う場面で利用できる。「苦手な科目に取り組むとき」「得意科目でも、やりたくないときはやりたくない」「面倒な雑用を片づけなければならないとき」「読みにくい本を読むとき」「いっこうにはかどらない文章を書くとき」「少しは部屋の掃除もしなくては」……。

●台所用品がハイテク・アイテムに

 18分を計測するには、キッチン・タイマーが便利。家電量販店で数百円で買える。たった数百円の投資で、勉強や仕事をすすめるうえで、値段の何十倍もの利益が生まれる。台所用品を書斎に持ち込むだけで、オフィス革命が起こる。

 タイマーを18分に設定し、スタート・ボタンを押すと、容赦なくカウント・ダウンが始まる。残り時間がデジタル表示され、いやでも集中力が高まる。タイマーが作動中に、電話がかかってきたり、家人に呼ばれたりしたときは、やむを得ず中断せざるを得ない。そんなときはタイマーを保留にしておく。たとえば、残り時間が4分32秒だったとする。

 4分32秒は、中途半端で、ものすごく切りの悪い時間だから、残りを片づけたい気持ちがくすぶり続ける。早く決着をつけたくてたまらなくなる。とにかく火をつけないことには収まりがつかない。行動を再開したいというエネルギーが圧縮されているので、すぐに取りかかれる。ふいの中断でも不快にはならないし、中断がむしろ喜ばしいとさえ思えてくる。

 設定した18分が経つと、ピッピッピッと終了音がせわしなく鳴る。ノリノリで作業をやっているときは、再度スタート・ボタンを押し、そのまま継続することもよくあるが、たいていは休息を入れる。

 その休憩は、1分であったり、10分であったり、1時間のこともある。ときにはひと息の休憩のはずが、その日はもう何もしないこともある。要するに休憩時間の長さは自由ということ。「休む時間」まで「何分」という枠に入れてしまうと、そうとう窮屈に感じるから、あえてフレキシブルにしている。大切なのは、学習時間の長さではなく、「とにかく始める」ということだから、これでいい。

●「春になって桜の花が」の続きは書かない

 文章を書いている途中で18分が終了することがある。たとえば、「春になって桜の花が」まで書いたところで終了音がなったとする。そのときはそこで止めるようにしている。「春になって桜の花が」のあとに「咲きました」と続けるのは簡単だが、あえて書かずに、文章を「宙ぶらりん」にしておく。

 切りのいいところまで書いてから、「休み」を入れると、再び書こうとしたとき、次が書けなくなる。区切りのいいところまで書いてしまうと、その「休み」で、頭が完全にリセットされてしまう。そうならないために、「春になって桜の花が」で、あえて止め、意図的に「居心地の悪さ」を演出する。

 「休み」のあとで、書きかけの文章にもどると、当然、「咲きました」は簡単に書ける。まるでタイムスリップしたかのように、中断していた思考の流れがよみがえってくる。

 数学の問題でも、全部を解いてしまわないで、あるていど解法のメドが立ったところで、寝てしまった方が、翌朝の取りかかりはスムーズに行く。

●たった1行でも意味がある

 本書に限らず、どんな本も、1ページ目から律儀に読み始めなくてもいい。カバー・トゥ・カバーで読もうとすると、気が重くなる。どこから読み始めてもかまわない。途中からだろうが、終わりからだろうが、かまわない。パラパラめくるだけの読書もある。本の読み方について、誰からもとやかく言われる筋合いはない。「こう読まねばならない」という、自分で作り上げた勝手な思い込みから解放されれば、本との関係は、もっと自由な関係になる。

 私は、県立図書館から2週間ごとに10冊の本を借りている。もう何十年もそうしている。14日間で10冊に加え、自分でも購入する本が何冊もあるので、平均すれば1日1冊以上になる。それらの本を読破するかどうかは気にしていないし、気にもならない。読まねばという強迫観念はない。

 たった1行のセンテンスに感動することもあれば、たった1つのフレーズが頭から離れないこともある。そんな1行や、ワン・フレーズに出会っただけでも、本を手にした意味がある。

 『それでも人生にイエスと言う』(フランクル著・春秋社)で、フランクルはこう言う。

 「コンサートホールにすわって、シンフォニーに耳を傾けている。いままさにこのシンフォニーの大好きな小節が耳に響きわたる。あなたは、背筋がぞくっとするほどの感動に包まれる。あなたが、この瞬間のためだけにこれまでの人生を生きてきたのだとしても、だれも反対はしない」

●楽しいからこそ続けられる

 英語の学び方も、本の読み方と同じで、「こうでなければならない」はない。この呪縛から解放されると、もっと自由に楽しく学べるようになる。人それぞれ、これまでの学習過程も環境も異なる。好みも能力も違う。個性の数だけ学び方がある。

 日本語の字幕なしで、洋画を楽しめたらとだれしも願う。英語版の"Shall We Dance?"を、字幕なしで10数回みたことがあるが、聞き取れない箇所はなんど聞いても聞き取れない。そんな経験から、洋画をみるときは、字幕も音声も、英語に設定して観ている。その方がストレスなく楽しめる。他人には奇妙に見えても、自分にとってはムリがない。テキスト付きのシャドーイングと同じで、目と耳の両方を使った方がよくわかり、楽しめる。

 音読やシャドーイングもあまりムリをすると続かなくなる。途中で投げ出すのはもったいない。ちょっとムリかなと思えるぐらいの目標が達成できると、大きな満足感に包まれる。脳内にはドーパミンという幸せ物質が放出されるという。そんな達成感が、さらなる継続のエネルギーを生む。楽しいから続けられ、続けられるから達成できる。反復と継続こそが、語学習得の王道であり、楽しさがそれを下支えする。

 本書を手にしたあなたの、これからの英語学習が、楽しくて実り多きものとなることを願ってやまない。

 English is not only useful but it gives you a lot of satisfaction. Making progress feels great. You will enjoy learning English, if you remember that every hour you spend gets you closer to perfection.

2018年2月3日

powered by HAIK 7.0.5
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. HAIK

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional