勝浦英語塾では、英語指導歴30年のエキスパートが、大学受験英語を通して、30年後にも通じる、生き方と在り方とその方向性を伝えています。 

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  1時間の辛抱が一生のとくになるんだ?

 ●1日1コマ

 こんなに流行っている店なのになんでもっと開けないんだろう?

 近所にある人気のうどん店の営業時間は、11:30~14:00の2時間半だ。やはり近所にあるオムライスの専門店は、11:00~15:00の4時間だ。一方、コンビニや牛丼店のように24時間オープンの店もある。店の開店時間や営業時間はさまざまである。

 「かつうら英語塾」の授業は、19:55~21:55の2時間である。開始と終了の時刻が中途半端なのは、電車のダイヤに合わせているためで、開塾以来30年近くこの時間枠で教えている。1日1コマだから時間割はいたってシンプルである。春・夏・冬の特別講習は行わない。入試直前対策も行わない。したがって1年を通して同じタイム・スケジュールだ。

 「もっと早い時間帯から教えては?」「もう1コマ増やしたら?」と、親切なアドバイスもあったが、この時間枠を変えたことはない。これからもきっと変わらないだろう。理由は予備校講師をしていた頃こんな体験があったからだ。

  ●100分×4コマ ≒7時間

 都内の予備校で英語を教え始めて3年目のことである。夏期講習で目いっぱいの授業を引き受けた。100分授業を1日4コマ、それを3週間続けた。午前9時に始まり、休憩と昼休みをはさみ、終わるのは午後6時。100分授業を4コマ行うと約7時間になる。座って書類を処理するデスクワークとは大違いだ。その間、立ちっぱなし、しゃべりっぱなしの7時間だ。

 100人規模の大教室なので、後ろの方の生徒になると顔の表情もわからない。生徒に質問することもないし、生徒から質問されることもない。個々の生徒の理解度や能力などお構いなしにテキストを進める。講義は一方的なものになる。

 1日に4コマの授業というのは、同じテキストを4度繰り返すことを意味する。文法の説明を要する箇所も同じ、ヤマ場にさしかかる箇所も同じ、ジョークを言う箇所も同じだ。4コマ目の授業ともなると、気力も体力も尽きて、自分で自分の授業にげんなりする。見た目にはわからなくても内面はボロボロで、魂の抜けたティーチング・マシンになる。

 もっとも、4コマともテキストが異なると、教師としての準備が大変なことになる。各テキストに目を通し、授業の組み立てを考え、補足事項などを調べていると、思いのほか時間がかかる。毎晩深夜まで翌日の授業の準備に追われることになる。変化がなければ嫌気がさすし、変化があれば時間に追われる。肉体的にも精神的にもハードだ。

 ●The more, the better.

 なぜこんなストレスフルな仕事を引き受けるのかといえば、その根底にあるのは、The more, the better.という考えである。

 非常勤の予備校講師は自由である。その反面、収入や身分は安定しない。経営者の都合で、いつクビになっても文句は言えない。人気や実力にかげりが出れば他の講師に取って代わられる。競争原理で動く弱肉強食の世界だ。

 その結果、稼げるときに、稼げるだけ稼いでおこうと考えるようになる。精力的に見えても、仕事が好きだからエネルギッシュに打ち込んでいるのではない。職を失うのが不安だから、がむしゃらに働くのだ。

 トルストイの短編小説に、「人にはどれほどの土地がいるか」がある。

 主人公の農夫は、「日没までに歩いて回ったぶんだけ自分の土地になる」という契約に、欲をかいてひたすら歩く。「シャツは、汗のためからだにへばりつき、口はかさかさに渇き、足は自分のものでないようにふらふらした」。それでも彼は歩き続ける。力をふり絞り無理やりに足を動かしながら彼はこう考える。

   《1時間の辛抱が一生のとくになるんだ》


 土地さえ手に入れば幸福になれると考えた彼を待っていたものは……。

 ●Uターン

 人間の欲望には際限がないから、能力と体力の限りどんどんコマ数を増やす。心身共に壊れてしまうまで働く。教える喜びより預金通帳の残高に関心が向く。おおぜいの生徒の脚光を浴び、外見は満たされているように見えても、内面は疲労・イライラ・不満・競争・比較・嫉妬・怒りといったネガティブな感情が渦巻いている。やがて、そういう感情に支配されていることすら感じなくなる。へとへとに疲れ切ってしまうと、そんな内面を見つめる気力すらなくなるのだ。

 可もなく不可もなくありきたりに見える仕事でも、思いっ切り濃縮すると矛盾が鮮明になる。1日20本のタバコを吸う喫煙者が、一度に200本吸ってタバコがイヤになるのと似ている。この3週間の夏期講習は、予備校講師として大教室で教えることの矛盾が凝縮され、働くことの意味、生きることの意味が問い返された体験だった。予備校を辞め、十数年住み慣れた東京を離れたのは、この夏の体験の半年後のことだった。

 ●businessはbusyness

 businessの語源は、busy + nessで、「忙しさ」である。「忙しい」は「心」が「亡」びると書く。「心」+「亡」は「忘」という字にもなる。時間に追われ忙しくしていると、文字通り、「心」が「亡」び、自分が、何のために、どこに向かっているのかを「忘」れてしまう。

      If you do not know where you are going,
            every road will get you nowhere.

      どこへ行こうとしているかがわからなければ、
            どの道を行こうとどこにもたどりつくことはできない。
         
            ─── ヘンリー・キッシンジャー ───

 「かつうら英語塾」は、これからもゆっくりと歩んでいくだろう。1コマだけだから準備にはたっぷり時間をかけている。1コマだけだから丁寧に授業ができる。1コマだけだからエンジン全開で臨んでいる。

イワンのばか

    ──── 目次 ────

  イワンのばかとそのふたりの兄弟
  小さい悪魔がパンきれのつぐないをした話
  人にはどれほどの土地がいるか
  ・・・・・・
  ・・・・・・

2011年1月13日

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