Wagamama 批評
T・A 東京都立大学法学部 (2004年 高松高校卒)
勝浦塾は高校生の間では、言わずと知れた名門塾。その独特の授業スタイルやチュンプルズの素晴らしさについては、先輩諸氏の体験記を読めば理解できるだろうから、私はちょっと違う視点で勝浦塾について書こうと思う。
勝浦塾は英語を専門に教える塾だが、それは単に科目の上での話だ。勝浦塾では、他の塾では学べない人生の勉強もすることができた。例えば、授業の合間に、勝浦先生は、自らの人生観や現代社会の矛盾などを、時には熱く、時には冗談めかして話す。そのなかで、私たちは今まで見過ごしていた何かに気づく。間違っていることを「間違っている」と当たり前に言えるのは勇気だ。社会に対する自分の考えの甘さや矛盾に気づき、自分を見つめ直す機会が持てた。大げさに聞こえるかも知れないが、少なくとも「かつうら」に関わった人はみな、彼に大なり小なり影響を受けたに違いない。
かつての私は、親の言うことに盲目的に従うことで安穏な道を歩んできた。先生は親の干渉を一切許さず、親の意見ではなく「私自身」の意見を常に求めた。それは、私が「私」を意識するきっかけとなり、今の私がある。もっとも、私は極端な方向に影響を受けてしまったようで、センター試験の前日に、理系から文系に転じるという無謀極まりない変更をした。結果的に合格できたから良かったものの……。
世の中には、いい大学、いい就職が子供にとっての最高の幸せに通じると、本音では信じて疑わない親も多い。そんなブランド志向の親は、子供を「かつうら」に関わらせないほうがいい。子供は「自分」を意識し始め、親に従順な操り人形であることをきっと止めるだろうから。
先日、学校の担任から、冗談めかして「わがまま梓」という大変名誉な称号を頂いた。私の言動のどこかに「かつうら」の影響が顔を覗かせているのかも知れない。私は、この「わがまま」は、自分勝手の意味ではなく、「我が意のままに自由に」の意味だと思っている。
どこかから、「わがママって、マイ・マザーのこと?」という勝浦流ダジャレが聞こえてきそう。