英作文上達法
●新しい練習法
これまで提唱されたことのない「英作文上達法」を紹介する。
とはいっても、私が独自に考案したメソッドではない。大野晋教授の『日本語練習帳』(岩波新書)からそのヒントを得た。
文章をよく書くためには、「よく読み馴れること」「たくさん読むこと」。極意とは、その言葉だけを見れば簡単なもの。しかし、その言葉が示す事実は、広く深い。―『日本語練習帳』
大野教授は、『岩波古語辞典』の制作に20年を費やす。古典から、一つの単語の用例を何十と集める。どう書けば簡単明瞭で分かりやすく解説できるか、どんな単語を使えば適切か。それを2万語について繰り返した。
「これが私の文章の書き方の基本訓練になった」と、大野教授は語る。
これと同じ結果を得るには、すなわち、整った簡潔な文章が書けるようになるには、どんな練習がよいかと考え、「新聞の社説を縮約する」という作業を思いついたと、教授はいう。
大野教授の授業を受けた学生は、会社に勤めて、「あの縮約の授業がいちばん役に立った」という。出版社に勤めた学生は、「きみ、帯(本のキャッチコピー)を書くのがうまいね」と言われたそう。
●縮約の実践
縮約法に啓発され、私自身も、さまざまな文章を縮約してきた。新聞の社説、雑誌の評論文、夏目漱石・芥川龍之介・菊池寛の短編小説、寺田寅彦の随筆、アランの『幸福論』、デカルトの『方法序説』、トルストイの短編、ハラリの『サピエンス全史』の一部、『英文標準問題精講』の全220編の訳文など。これらの文章を、どれも一律に1/3に縮めてきた。
芥川龍之介の『トロッコ』は、およそ4500字。これを1/3の1500字に縮約するのには苦労した。文豪の無駄のない文章は、おいそれと削るに削れないことが分かる。
『英標』の一節にこんな表現がある。「シェークスピアの作品のなかで、語を取りかえたり位置を変えたりすることは、ピラミッドの石を素手で押し出すこと以上にむずかしい」(同書・練習問題【6】)
縮約するには、まず原文を書き写さなければならない。名文を書き写すのは、だれしもが認める文章上達法。原文を筆写することから文章修行は始まる。手書きで書き取った場合は、ラインを引いて削っていく。ワープロで書き写した場合は、デリート機能を使い削除していく。
実際に手を使って書き写す方が文章修行には効果的だが、縮約はワープロ上で行った方が圧倒的にやりやすい。
削り過ぎたときでも、容易に復元できる。手つかずのままの原文を予備にコピーしておくと、原文と縮約文を常に見比べることができ、どこを削ったかが確認できる。さらに、ワープロは字数を常に表示をしてくれるので、1500字に縮めるとき、1510字と表示されれば、あと10字削ればいいと一目でわかる。
●縮約は快感
これまで、何十、何百という文章を縮約してきた。当初の目的は文章修行だったが、いまは、縮約の作業そのものを楽しんでいる。削ることでゴチャゴチャした文章がスッキリする。
1/3に縮めるということは、思いのほか大量に削ることになる。文章の、いわば贅肉をそぎ落とすと、論旨そのものがむき出しになる。難解で、繰り返し読んでもハッキリしなかった内容がすんなり頭に入り、脳内のモヤモヤがなくなる。
先に挙げた『英標』の元のオリジナルは1文だが長い。
原文:「私は、素手でピラミッドの石を押し出すことは、ミルトンまたはシェークスピアの作品の中で(少なくともふたりの重要著作のなかで)、その詩人の述べていることの意味を変えてしまったり表現をまずくしたりしないで、一つの語を取りかえたり一つの語の位置を変えたりすることほど、おそらく困難ではあるまいと大胆にも断言するのが常だった」(158字)
縮約文:「ピラミッドの石を押し出すことは、シェークスピアの作品で意味を変えないで語を変えたりすることほど困難ではない」(54字)(縮約率34%:54字/158字)
縮約の域を超えるが、最終的にはさらに加工して、「AはBほど難しくない」は、「BはAより難しい」と表現した方がもっと分かりやすくなる。
大野教授は、この加工する作業のことを「要約」と呼ぶ。
●英文の縮約
英作文上達法は、この日本語の文章上達法を、そっくりそのまま英語の作文上達法に用いようというもの。
まず、中3のテキストからMother Teresaの出だしのパラグラフを縮約してみる。
原文:A child was born on August 26, 1910, in Macedonia. She was named Agnes and was later known as Mother Teresa. In 1929, she went to India. She taught geography and history at St. Mary’s School in Kolkata. In 1931, she made up her mind to become a nun and took the name Teresa. Her life began to change when she was thirty-six years old. She decided to help the poor by living among them. (76語) ―『 SUNSHINE English Course 3・Program 9』平成24年版
縮約文:A child was born in Macedonia. She was later known as Mother Teresa. She went to India. She decided to help the poor by living among them. (27語)(縮約率35%:27語/76語)
むずかしい英文ではないが、1/3に縮めるには、何度も読み返し、どこに骨子があるかを見定めねばならない。削るときは、センテンスとしての構造上の整合性を保たなければならないから、文法力も問われる。
次に、『英標』の例題95を縮約してみる。
原文:No European, surely, can ever feel that he is qualified to write an entirely adequate history of an Eastern country. Certainly for a Western historian Japan presents peculiar difficulties. For although the social and political changes in Japan during the past hundred years have been spared the eventual occurrence of a violent revolution. Thus in spite of everything an certain basic continuity with past traditions, some of them very ancient, has been preserved. In Japan as in Great Britain, old and new exist together, are indeed intermixed: but so are East and West. In fact it is becoming increasingly less easy to separate the specifically Eastern elements of Japanese life and thought. Anybody who travels to Japan by way of Asia must feel on arrival that he has entered a semi-Western environment. (145語)
縮約文:Although the social changes have been drastic in Japan during the past years, Japan has been spared the eventual occurrence of a violent revolution. Then a certain basic continuity with past traditions has been preserved. In Japan, old and new are intermixed: but so are East and West.(47語) (縮約率32%:47語/145語)
― 過去における日本の社会的変化は激甚であったが、この国は、その結果激しい革命が生じるという事態をまぬかれている。そのため過去の伝統と連続性が保たれている。日本では古いものと新しいものが混ざり合って存在している。しかし、東洋と西洋もまた然りである。―(訳文を30%に縮約)
『英標』の文章だからむずかしい。何度も読み返さなければ、どこをどう削ればいいか見当もつかない。しかし、この「同じ文章を何度も読み返す」という行為そのものが、英作文上達法になる。「何度も読む」と「たくさん読む」は、同義だと考えたらいい。
●何をどのように削るか
従属節は、基本的には主節の修飾だから、省くことができる。しかし、どこまでが従属節の範囲かを見極めねばならない。節には、「名詞節」「形容詞節」「副詞節」の3つがあり、節の理解は「英文解釈のエッセンス」である。
inやonの前置詞句が、名詞や動詞に対する修飾語だからといって、いつでも削れるわけではない。SVCやSVOCにおいて、Cを形成する前置詞句は削れない。削りながら、文法上の整合性を維持しなければ、英文は破壊されたものになる。縮約するには、細心の注意を払う精緻な文法力が求められる。
本文中のsurely、entirely、certainly、increasingly、specificallyなどのly型の副詞は、センテンスの構成要素にはならない。したがって、すべて省略しても差し支えない。こういうことがわかってくると、英文を読んでいて、見知らぬly型の副詞に出くわしても、焦ることがなくなる。
“old and new exist together, are indeed intermixed: but so are East and West”において、“exist together”と“are indeed intermixed”は同じことを言っている。どちらかを削ることができる。しかし、削るのはどちらでもいいわけではない。後に続く“but so are East and West”との整合性を保つためには、残すべきは“are indeed intermixed”の方。
●節が見えるか
縮約には、「節の理解が必須」であり、節の理解は「英文解釈のエッセンス」である。実例を挙げておこう。
次の英文を訳せ。(高1・県立高の校内模試より)
Many people believe that the largest personality difference between Americans and Japanese is that the Japanese want to be members of a group and that Americans want to be individuals.
↓
Many people believe [that the largest personality difference (between Americans and Japanese) is [that the Japanese want to be members of a group] and [that Americans want to be individuals.]]
↓
Many people believe [that X is [that A] and [that B.]]
↓
多くの人々は [Xは[Aであるということ]と[Bであるということ]]を信じている。
元の英文の語数は30語。これを1/3に縮約するとこうなる。
縮約文:The Japanese want to be members of a group.(縮約率30%:9語/30語)
今度は、次の文を「英作せよ」なら、どうなるか。
「アメリカ人と日本人の最大の性格の違いは、日本人は集団の一員であることを望み、アメリカ人は個人であることを望んでいるということを多くの人々は信じている」
日本語と英語では、「語順」と「組み立て」がまったく異なる。英作文の「出来」「不出来」は、結局、日本語を読んで、英語の文構造を上記のようにビジュアル的に描けるかどうかにかかっている。
●引き算ができるから足し算ができる
英文法に習熟していなければ縮約はできない。逆に言えば、縮約の作業を通して、あやふやだった文法知識が何度もフィードバックされ、文法に習熟していく。
削る作業をとおして、何がどのように肉付けされているかが見えるようになる。裏を返せば、何をどのように加えればいいかが見えるようになる。引き算ができると、足し算ができるようになる。
単語や熟語をいくら知っていても、組み立て方や、配列の仕方を知らなければ、英文は書けない。和英辞書があれば、英文が書けると思うのは幻想である。
●「雑な読み手」は「雑な書き手」になる
日本語でも英語でも、「雑な読み手」は「雑な書き手」になる。飛ばし読みや、斜め読みでは、削るべき箇所を見つけることはできない。論旨をつかみ取ることはなおさらできない。それには相応な時間と集中力と努力を要する。
昔は、レンタルショップでビデオを3本借りれば、3本とも見終えてから返却したものだった。今は、アマゾンプライムやネットフリックスで数百円の購読料を払えば、何千本もの映画を好き放題で見ることができる。その結果、どんな行動をとるか。途中まで見て、面白くなければサッサと別の映画に移る。まいにち大量の食材が捨てられているのと似ている。
PCやスマホが普及し、ネット検索で手軽に情報のつまみ食いができる。「雑な読み手」がどんどん増え、「雑な書き手」がどんどん生まれている。
2021年5月9日