紙辞書を使おう
●電子辞書は本当に速いのか
電子辞書は紙辞書よりも速いのだろうか。私は紙辞書で引く方が速い。年に何度かはドンピシャリで目的のページが開く。ドンピシャリでなくても誤差は数ページのことも多い。
おそらく手の指がアルファベットの位置を覚えているのだろう。手の指の感度はかなり高い。目的の単語は辞書の「前半部分」にあるのか「後半部分」にあるのか、指が勝手に動き検索する。
紙辞書では、「手」「目」「脳」の三者が相互に連携し合うから速い。紙辞書は繰り返して引けば引くほど速くなる。ついには所要時間はゼロになり、一発で開くことも起こる。
電子辞書ではこうはいかない。まずフタを開け、電源を入れ、キーボードを打つ。こんな機械的な動作をいくらくり返しても辞書を引くスキルは向上しないし、速くはならない。
さらに、電子辞書はいくら使い込んでも愛着は湧かない。時が経てば次第にスペックが見劣りしてくる。紙辞書は違う。私の手元には高校時代に使い込んだ研究社の「英和中辞典」がいまだにある。接着剤で補強してかろうじて分解を免れている。ボロボロになっていても愛着があるから捨てられないでいる。
●紙辞書の一覧性
電子辞書には一覧性がない。小さな液晶画面では、単語の全体象が俯(ふ)瞰(かん)できない。enoughを例にとれば、まず「十分な」という形容詞の意味が表示されるが、それが自分が知りたい妥当な意味とは限らない。enoughには「形容詞」「代名詞」「副詞」の意味があり、文中でenoughがどの品詞で使われているかをまず知らなければ意味は特定できない。言い換えれば、品詞を見分ける最低限の文法知識がなければ辞書は引けないということ。
電子辞書の小さなデジタル画面では、一瞥して全体を見わたすことはできない。自分の住んでいる「高松」の位置を知るのに、「高松」だけを見てもわからないのと同様に、「高松」の位置関係は「日本地図」全体を見ることでわかる。「日本」があり、「四国」があり、「香川」があり、そして「高松」がある。
紙辞書なら、開いたページで「全体」と「部分」の関係が一目瞭然でつかめる。「抽象」と「具象」を自在に行き来できる。地図でいえば、「高松」にズームインすることもできるし、「日本」へズームアウトすることもできる。
●「速いけれどずさん」と「スローだけれど正確」
英語ができない生徒は読み方が粗い。英文にザーッと目を通し、見慣れないスペルの単語を見つけ、電子辞書で単語を引く。しかも一番最初に目に飛び込んできた意味だけを見る。品詞も発音もアクセントも、そして例文にも関心はない。辞書を引くことは面倒な作業でしかないから、素早く手軽に済まそうとする。かりに辞書を引いても、辞書をじっくり「読む」という習慣はない。
英語ができる生徒は、丁寧に辞書を読んでいる。丁寧に辞書を引くから、丁寧に英文が読める。辞書と照らし合わせて英文を読んでいるから、どんなに突っ込んだ質問をしても答えが返ってくる。これ以外の読み方などありえないという確信をもって読んでいる。
英文を読むのになぜ急ぐ必要があるのだろうか。試験では、「時間が足りないから読めない」と言う。本当にそうだろうか。時間があれば読めるのだろうか。「単語がわからないから読めない」と言う。本当にそうだろうか。辞書があれば読めるのだろうか。
速く読むために速く読むのではない。速く読むためにはゆっくり読まなければならない。正確に読むことから始めてスピードを上げていくことはできるが、速く読むことから始めて正確に読めるようにはならない。ゴミを積み上げれば、ゴミの山ができるだけ。
「スローだけれど正確」と「速いけれどずさん」。どちらの読み方をしたいのだろう。
●箱やカバーは今すぐ捨てよう
箱に入ったままの辞書をよく見かける。たいていはビニールカバーもかかっている。辞書は飾っておくものではない。引くものであり、使い込むものであり、読むためにある。箱に入っていたのではすぐには引けない。箱に入っているだけで辞書を引こうという気は失せる。ビニールがかかっていると手が滑る。箱やビニールは「私は辞書はめったに使いません」を物語っている。辞書を引く回数と英語力は比例するから、辞書を見れば英語力がわかる。
辞書を引く際に、箱から出すのに1秒、ビニールカバーで手が滑って生じるロスが1秒だとする。1日に10回辞書を引けば20秒のロスが生まれる。1ヶ月(20秒×30日)で10分。1年(10分×12ヶ月)で2時間のロスになる。
めったに引かないから、「こんなに重くてかさばるものを持ち運ぶことはない。軽くてコンパクトな電子辞書で十分だ」と考えている。
電子辞書を使っているとどうしても急いでしまう。気がせいていると文構造をじっくり分析しようという気は起きない。そのため読み方が雑になる。電子辞書の「デジタル性」と精読の「アナログ性」は同調しない。水と油の関係で相性が悪い。
まともに英文が読めるようになりたかったら電子辞書は封印して、紙辞書をじっくり読もう。箱やビニールカバーは今すぐ捨てよう。
『電子辞書は封印し「紙の辞書」に戻ろう』を改訂 2019年11月16日