リスニングの基本は読解力
●音は聞こえても理解できない
「これほどのこりようだったからかれはまちをあるいていればこっとうやでもやおやでもあらものやでもだがしやでもまたせんもんにそれをうるいえでもおよそひょうたんをさげたみせといえばかならずそのまえにたってじっとみたせいべいはじゅうにさいでまだしょうがっこうにかよっているかれはがっこうからかえってくるとほかのともだちともあそばずにひとりよくまちへひょうたんをみにでかけたそしてよるはちゃのまのすみにあぐらをかいてひょうたんのていれをしていた」
これは、ある小説の1節を、「ひらがな表記」だけにしたもの。漢字を使わずに、句読点も省いてあるから読みにくい。
次のように、意味の通じる最小単位にスペースを入れると、格段に読みやすくなる。
「これほどの こりようだったから かれは まちを あるいていれば こっとうやでも やおやでも あらものやでも だがしやでも また せんもんに それを うる いえでも およそ ひょうたんを さげた みせと いえば かならず そのまえに たって じっと みた せいべいは じゅうにさいで まだ しょうがっこうに かよっている かれは がっこうから かえってくると ほかの ともだちとも あそばずに ひとり よく まちへ ひょうたんを みに でかけた そして よるは ちゃのまの すみに あぐらを かいて ひょうたんの ていれを していた」
さらに、漢字に変換し、句読点を打てば、元の原文になり、普通に読めるようになる。
「これほどの懲りようだったから、彼は町を歩いていれば骨董屋でも八百屋でも荒物屋でも駄菓子屋でもまた専門にそれを売る家でも、およそ瓢箪を下げた店といえば必ずその前に立ってじっと見た。清兵衛は十二歳でまだ学校に通っている。彼は学校から帰って来るとほかの子供とも遊ばずに、一人よく町へ瓢箪を見に出かけた。そして、夜は茶の間のすみにあぐらをかいて瓢箪の手入れをしていた」 (志賀直哉『清兵衛と瓢箪』)
「かれは」は、「彼は」か、「枯れ葉」か。日本語は同音異義語があるから、ひらがな表記は誤解を生む。こんな例が、漢字変化ミス大賞にはいくつも紹介されている。
幼虫以下→要注意か
何か父さん臭い→何かと胡散臭い
胸囲ない→今日居ない
もう重役になった→猛獣役になった
老いて枯れた→置いてかれた
放送しないんですか→包装紙ないんですか
ミスのない漢字変換ができるのも、分かち書きができるのも、読解力に助けられている。逆に、読解力がなければ、音を発するだけの棒読みになってしまう。
一昔前のAI(人工知能)が、先のひらがなだけの文章を読み上げると、「こ・れ・ほ・ど・の・こ・り・よ・う……」となるだろう。
AI(ロボット)は、単語の切れ目も、文の切れ目も理解しないから、音節だけを淡々と読み上げることになる。これでは音は聞こえても、内容は理解はできない。
●読解力があるから内容が分かる
教師に「質問」されたとき、実際に聞こえなかったという場合もあるが、「質問内容」そのものを理解してないことも多い。
ホワイトボードに板書された「桜の花が咲きました」を読んで、それをひとかたまりの一文として記憶する力がないと、「桜の」、「花が」と、いちいち文節ごとに区切らないとノートに書き写せないことになる。
『AI vs 教科書が読めない子どもたち』(新井紀子著)に、こんな例が載っている。
①「先日、岡山と広島に行ってきた」
②「先日、岡田と広島に行ってきた」
文脈から、「岡山」は地名で、「岡田」は人名であることが、日本人には分かっても、AIには分からない。
同書には、さらに信じられないような例が紹介されている。
「学」から始まる単語、「学級」「学年」「学業」はすべて「がっこう」と読む中学生がいる。理由は、「そのほうがよく当たるから」という。
高校生でも、”-ed”で終わる単語は、すべて(ド)と発音する生徒は多い。asked(アスクド)、watched(ウォッチド)、placed(プレイスド)。理由は、「そのほうがよく当たるから」。
「そのほうがよく当たるから」は、いたるところで幅を利かす。
「if節の中ではwillを使わないほうがよく当たる」「have+人+原形動詞と書くほうがよく当たる」「have+物+過去分詞と書くほうがよく当たる」。しかし、こんな文法ルールは存在しない。
この「そのほうがよく当たるから」は、マークシート方式の弊害以外の何ものでもない。
●リスニングには読解力が欠かせない
以下の英文は、カンマ(,)とピリオッド(.)を省略し、文頭も小文字にしたもの。
in order to understand the way in which a science works and the way in which it provides explanations of the facts which it investigates it is necessary to understand the nature of scientific laws, and what it is to establish them (京都大学1988年・下線部訳の文章)
実際に英文を耳で聞いた場合、カンマ(,)やピリオッド(.)は、発音されないから聞こえない。大文字か小文字かも分からない。どこがセンテンスの始まりも分からない。
リスニングでは、何も聞こえない音のすき間を手がかりにして、意味のまとまりをつかんでいる。意味の切れ目に、音の空白部分を見つけようとする。その音の切れ目に、スラッシュ(/)を入れると次のようになる。
In order to understand / the way / in which a science works,/ and / the way / in which it provides / explanations / of the facts / which it investigates, / it is necessary / to understand / the nature / of scientific laws, / and / what it is / to establish them.
このように意味の切れ目にスラッシュを入れることができるのは、意味の最小単位が分かるからである。英検2級の面接試験の音読では、英文の切れ目が適切かどうかを見ている。個々の単語が発音できても、ポーズの置き方が不適切だと、内容が分かってないと判断される。
さらに、意味の最小単位だけが分かっても、頭のなかには、次のように断片的なフレーズが並ぶだけで、まとまりのある意味にはならない。
(理解するために)(方法)(科学が機能する)(そして)(方法)(それは提供する)(説明)(事実の)(それが調べる)(それは必要である)(性質)(科学の法則の)(それが何であるか)(それらを確立すること)
フレーズごとの意味が分かっても、もっと大きな単位で意味のまとまりがつかめないと内容の理解にはほど遠い。もっと大きな単位とは、to不定詞句であり、前置詞句であり、関係詞節であり、疑問詞節である。
(In order to understand the way [in which a science works], and the way [in which it provides explanations of the facts which it investigates]), it is necessary to understand the nature of scientific laws, and [what it is to establish them].
前半部で、[in which a science works]はthe wayを修飾し、[in which it provides explanations of the facts which it investigates]もthe wayを修飾する。
したがって、前半部は、(In order to understand the way A and the way B)となる。
後半部は、andが結んでいるものに光を当てると、the nature of scientific lawsと[what it is to establish them]がandで並列されているの分かる。
したがって、it is necessary to understand C and D. となる。
全体を簡略化すると、(In order to understand the way A and the way B), it is necessary to understand C and D.
「AとBの方法を理解するには、CとDを理解することが必要となる」
全訳は、「ある科学がどのように機能し、また、科学が研究対象としている事実を科学がいかに説明しているかを理解するためには、科学の法則の本質を知り、その法則を確立するとはどういうことなのかを理解することが必要となる」
●リスニングは読解から
冠詞は名詞と結びつく。 (a book), (the book)
前置詞は名詞と結びつく。(on the table), (at school)
不定詞は動詞と結びつく。(to read the book)
英文法をあまり知らなくても、シンプルな単語の結びつきなら誰にでも分かる。しかし、「関係詞節」や「that節」などのもっと大きな意味のまとまりを理解するには英文法は欠かせない。
「節」の理解は英文解釈のエッセンスであり、「節」の理解なくしてリスニングはおぼつかない。そして「節」の理解とは英文法の理解に他ならない。
音源だけを、いくらくり返し聞き込んでも、英文法を知らなければリスニング能力は向上しない。「読む」「書く」「聞く」「話す」の4技能を習得するには、「読む」ことから始めなければ遠回りになる。「読める」から書けるのであり、「読める」から聞き取れるのであり、「読める」から話せるのである。学習の基本は「読める」ことにある。
読んでも分からなければ聞いてもわからない。「読んで分かるから聞いて分かる」のであって、「聞いたら分かるが、読んだら分からない」はない。
「門前の小僧習わぬ経を読む」「読書百遍意自ずから通ず」などの言い回しは、いにしえの人々の生活体験から生まれた知恵であろう。
世間という名の素人が言う、「文法などやっているから英語ができない」を真に受けてはいけない。英文法に裏打ちされた「読解力」こそ、リスニングを含む英語習得の王道である。
2021年6月26日