高校生は「準2級」の力もない
『中高生の英語力、政府目標に届かず 文科省調査』(産経・2022年5月18日) 文科省は、「英検準2級」以上の力がある高校生は46%と、調査結果を公表した。
●ゴールポストを勝手にずらすな
準2級は中3生用、2級は高3生用、というのが世間一般の常識である。文科省は、なぜ英検協会のいう2級(高卒程度)を目標に掲げないのか。なぜ、2級以上の力のある高校生の割合を公表しないのか。
おそらく、2級を基準にしたのでは、目も当てられない数字になる。ゴールポストを2級から準2級にずらし、調査結果の数字を少しでもよく見せたいのだろう。
なおかつ、達成目標は100%ではなく50%だという。普通の言語感覚でいえば、「目標」とは、努力してそこに到達しようとする到達点をいう。100%を50%に変え、ここでもゴールポストを移動させている。
「前回の調査と比べて、英語力は向上しているが、目標とする50%まではあと一歩」と記事にはある。勝手に基準を50%に落としておいて、「あと一歩」などと、こんな詭弁がよく言えたものである。
「せんせー、今回も46点しかとれませんでした」「ぜんぜん気にしなくていいのよ、目標にはあと一歩なんだから」「でも、半分以上も間違えてるんです」「何を言ってるの。100点なんて目指さなくていいのよ。ほら、50点にはあと一歩じゃない」「でも、せんせー、これって中学生用の試験なんでしょう?」「……」「せんせー、わたし大学に行きたいんですけど」
芥川龍之介の『侏儒の言葉』に、こんな警句がある。「天才とは、わずかに我我と一歩を隔てたもののことである。ただこの一歩を理解する為には、百里の半ばを九十九里とする超数学を知らなければならぬ」
この警句をもじれば、こうなる。「文科省とは、わずかに我我と一歩を隔てたもののことである。ただこの一歩を理解する為には、半ばの五十里をもって百里とする超数学を知らなければならぬ」
達成レベルを2級から準2級に引き下げ、そのうえ努力目標を100%から50%に落とす。サッカーで、ゴールポストを好き勝手に動かす審判がいたら、それは審判ではない。文科省に審判の資格は無い。
自分で自分の業績を調査し、詭弁を用いてそれを自賛してどうする。第三者機関による公正な調査と評価が待たれる。
●文科省の詭弁
文科省が弄する詭弁は他にもある。
新学習指導要領では「授業は英語で行うことを基本とする」とある。以前は「授業は英語で行うこととする」だったはず。「英語で行う」から「英語で行うことを基本とする」に変わっている。「基本とする」の5文字がつくだけで、教師の対応は一変する。
「基本とする」を普段着の言葉で翻訳すると、こうなる。「できるだけ英語で授業をおこなってくださいね。でも無理にとは言いません。例外的に日本語を使って教えても別にかまいませんよ」
英語で授業を行うことの愚かさに気づいたのだろう。しかし、いったん決めた建前を崩せないから、「基本とする」の5文字を付け足して詭弁を弄する。
英語で英語が教えられる能力のある教師がそれほどいるとは思えないが、かりに英語で英語を教えるとしたら、教師の労力や手間ひまは現行の5倍はかかるだろうし、教えられる側の生徒の理解度は1/5になるだろう。
分詞構文や仮定法などは、日本語を駆使して説明しても、理解させるのは難しい。それらを英語で理解させるのは絶望的である。高校生の英語力は、今よりもさらに低下する。
ドイツ・フランス・イタリアといったヨーロッパ人にとって、英語はいわば親戚のような言語だから、学ぶのに日本人ほど苦労しない。インド・シンガポール・フィリピンで、英語を英語で教えているのは他に術がないからである。しかも、これらの国では小学校から、英語に限らずすべての学科を英語で教えている。こんな国の英語教育の一部を真似ても、日本で機能するはずがない。
●こんな詭弁も
「発話の半分以上を英語でおこなっている教師は5割程度」と、記事にある(読売・2022年6月2日)。うっかり読むと、「そうか、英語の授業の半分は英語をしゃべっているのか」という印象を受ける。
「発話」とは奇妙な表現である。こんな言葉は言語学のテキストに出てくるぐらいで、「うちの先生は英語を発話している」と、一般人は言わない。
「発話」とは口から出てくる音声が英語であると言っているに過ぎない。英語を「しゃべる」とは言っていない。もし授業の半分を英語で行っているのなら、そう書くだろう。
口から出てくる音声が英語なのは当たり前である。英語の授業なのだから、使うテキストは英文である。その英文を読んでいる限り、教師の「発話」は英語になる。奇妙な言い回しは、意図的に印象を操作するための詭弁である。
どこまでもコミュニケーション英語に固執したいなら、文科省の担当部署は率先垂範で、すべて英語で仕事をしてはどうか、と皮肉を言いたくなる。
2022年6月5日