書く力は生活の武器になる
●要約問題は最も苦手
「マークシート方式」で4択から正解を選ぶのと、「記述式」で解答するのとでは、求められる能力はまったく異なる。前者では、知識や理解が伴わなくても、記号さえ選んでおけばとりあえず解答できる。一方、後者では、理解力にもとづいた表現力が問われ、書く力がなければなすすべがない。答案は白紙になる。受験生は「記述式」を苦手とし、とりわけ「要約問題」を最も苦手とする。
要約問題は、東大では、英文を読んで「和文要約」。早大の文化構想学部では、英文を読んで「英文要約」。東京外大では、英文を聴いて「英文要約」。東大はこの要約問題を1950年代からずっと出し続けている。元になる英文の難易度が異なるので、「英文要約」の方が「和文要約」よりも難しいとは一概に言えない。
英語の試験とはいえ、共通してその根底にあるのは日本語で「まとめる力」、日本語で「書く力」である。この要約問題の苦手意識を克服するには、日本語の「書く力」を身につけなければならない。
●速く読むには、ゆっくり読め
入試の要約問題について、ここでハッキリさせておきたいことがある。
要約とは、英文を「大体こんな意味だろう」と漠然と類推しそれをまとめるものではないということ。また、パラグラフ・リーディングと称して各段落の一部だけを「つまみ食い」したり、「飛ばし読み」や「斜め読み」することでもない。さらにまた、自分の主観的な感想を述べることでもない。英文を精読し、内容を正確に理解し、それを短くまとめたものでなければならない。
長文を要約するとなると速く読まねばという強迫観念に駆られる。しかし、「いいかげん」な読み方で速く読んでも、「いいかげん」が繰り返されるだけである。「いいかげん」に読むことは、「いいかげん」を再生産をしているのであって、いくら練習しても、「いいかげん」が自動修正されるわけではない。正確に「ゆっくり」読むことから始めて、徐々に読むスピードが上がっていく。これがまともな速読である。最優先すべきは「正確さ」であって「速さ」ではない。
多くの高校生の現状は、速く読もうとするあまり雑な読み方を繰り返している。速く読むには、ゆっくり正確に読むことから始めなければならない。弁証法的に言えば、速く読みたければ、「ゆっくり読め」ということになる。また、読むことと書くことは表裏一体だから、雑な読み手は、雑な書き手になる。
そこで、精読する上で正確な文法知識は当然の前提となる。次の2文を同じ意味に解釈していては何も始まらない。昨今の文法軽視のカリキュラムでは、この違いが分かる高校生は2割にも満たないだろう。
I heard she sang the song. 彼女が歌を歌ったと聞いた。
I heard her sing the song. 彼女が歌を歌うのを聞いた。
I had my son teach English. 息子に英語を教えさせた。
I had my son taught English.息子に英語を習わせた。
英文が正確に読めることを前提に話を進めれば、それを要約する力は、純粋に「国語力」の問題ということになる。
そこで、前回、「『論理国語』新設―言語力あっての表現力」の記事をもとに「国語力を上げる方法」のブログを書いた。
●文章が書けるようになる練習
国語学者の大野晋教授は『日本語練習帳』(岩波新書)のなかで、文章が書けるようになる練習として、新聞の社説の縮約を勧めている。
○縮約は、文章がよく読めるようになりたい、達意の文章が書けるようになりたいと思う学生や社会人に役立つ。
○大野教授の授業を受講した学生は、「縮約の授業が社会に出て一番役立った」という。
○社説をおよそ30%に縮尺する。原文のどこを省くかで眼力か問われる。
○縮約文はひとつのまとまった文章として読めるものでなくてはならない。
○自分の書いた文章を何度も読み返すことで、文章のリズムが整い、句読点、助詞の使い方が体得される。
○縮約には正確な理解が不可欠。未知の単語は辞書で確認。その結果、語彙が増える。
○社説は扱う範囲が広いため、人生や社会を見る目が広がる。
○社説の縮約を30回も行うと、目が鋭くなり、かなり書けるようになる。
○文章には贅肉(ぜいにく)があることがわかり、意外と簡潔に的確にいえることがわかる。
○縮約文は「文章の骨格」である。縮約という作業は「読む側」の作業だが、裏を返すと、「書く側」の心がけを示唆する作業でもある。
○「文章の骨格」は「論旨」と一致する。その文章が何をいっているのかをつかむ目が鋭くなる。
以上が縮約のやり方とその趣旨である。さらに、大野教授は、縮約文の延長線上に要約文があると位置づける。
400字に縮約した文章をさらに200字に縮めようとすると、もはや縮約では文章として整わなくなる。そこで要約が必要となる。文字数を詰めるためには、「しかし」を「だが」に、「ねばならない」を「べきだ」に変える工夫がいる。要約には、さまざまな言い換えを心得ておくことが必要となる。
●文章を書くことは至るところで求められる
そもそも「要約」は、試験のためというよりも、「ものを読んだとき」「人の話を聞いたとき」「ニュースを聞いたとき」「映画を観たとき」「自分を紹介するとき」、それらを他者に伝えようとすると必要となる言語活動でもある。
コロナ禍のもと、香川県は県内事業者の支援策を行っている。補助金の申請には、文章として記述しなければならない箇所がいくつもある。
・既存の事業の内容:沿革やこれまでの事業内容を具体的に記載してください
・今回の補助金でどのようなことを行うのかを具体的に記載してください
・「先導性」新しい事業創設が期待できるか
・「有効性」手法や計画は具体的成果の発現が期待できるか
・「波及性」他の事業者や地域へ取組みが拡がることが期待できるか
・「持続性」助成終了後も事業としての継続が期待できるか
・「地域貢献度」地域の課題解決が期待できるか
・「県民貢献度」多くの県民の利益や満足度向上につながるか
各項目について相当量の記述が求められている。審査に通らなければ補助金は受けられない。文章に説得力がないと結果は厳しいものになる。
就活のエントリーシートでも記述力がものをいう。「これまで何をやってきたのか」「これから何がしたいのか」が問われ、出身大学などは単なるプレミアムにすぎない。
新潮ドキュメント賞受賞『でっちあげ』(福田ますみ)は、モンスターペアレントによる冤罪に遭った教師の実話。無実の教師は、曖昧な表現をしたばかりに殺人教師のレッテルを貼られてしまう。おぞましい展開とともに戦慄の結末を迎える。
書く力をつけることは、表現力をつけることであり、社会人として生きていくうえで、武器を手に入れることでもある。
2020年8月6日