Confidence Is a Form of Optimism 自信は楽観主義である
●信頼と自信
She had complete confidence in the doctors.――彼女は医師たちを心から信頼していた。
I didn’t have any confidence in myself.――自分には全く自信がなかった。
confidence を辞書で引くと、①信頼、②自信、とある。「信頼」と「自信」とでは、訳語のあいだには、大きな隔たりがある。英語学習で、英単語とその訳語に隔たりを感じるのは、よくあることである。
――put on a hat帽子を「かぶる」・put on shoes靴を「履く」・ put on a jacket 上着を「着る」・put on glassesメガネを「かける」。put onの訳語は、「かぶる」「履く」「着る」「かける」と、さまざまだが、根底にある共通したイメージは、「何かを身に付ける」ことである――
ロングマン英英辞典は、confidence を次のように説明している。
①the feeling that you can trust someone or something to be good, work well, or produce good results――誰か、あるいは何かが、善良であり、うまく機能し、よい結果を生み出すだろうと信じる感覚
②the belief that you have the ability to do things well or deal with situations successfully――事をうまく成し遂げ、状況に適切に対処できる能力が自分にはあるという確信
整理すれば、こうなる。
①「信頼」とは、他者が何かを成し遂げるだろうという、他者への信頼
②「自信」とは、自分が何かを成し遂げるだろうという、自分への信頼
つまり confidenceとは、自分を信じることであり、同時に他者を信じることでもある。自分を信じることと、他者を信じることは同義なのである。しかし、自分も他者も、実際は確固としたものではない。自分も他者も変化している。不確かな存在である。
●境界線はどこか
自分と同じレベルで他者を信じるというのは、容易に実感できる話ではない。それは、地球が太陽のまわりを回っていると教えられても、毎朝、太陽が東から昇るのを見ると、「やっぱり太陽の方が動いている」と、感じるのと同じである。夜と朝の境界線についてもはっきりしない。いつの間にか夜が明けて、気がつけば朝なのである。自分の鼻の中の空気が自分のものなら、自分が吐いた空気が、目の前の相手の鼻の中に吸い込まれるのだから、自分の一部が相手の一部になることになる。
身体を細かく見ていくと、分子から原子へ、原子から素粒子へと果てしなくミクロの世界へと沈んでいく。量子力学の世界では、素粒子は、観察された瞬間に「実体」として姿を現し、誰にも観測されていないときには「波」として存在すると考えられている。ここにあると確かに感じているわれわれの肉体も、素粒子レベルまで降りていけば、原子核を中心に電子が回っているだけの、どこまでも広がる空間であり、広大な宇宙空間と変わりないのだ。
量子力学は、常識を覆すサイエンスである。通常のコンピュータでは、情報は「0」か「1」のどちらかでしか存在できない。だが量子コンピュータでは、「0」と「1」が重ね合わさった曖昧な状態そのものを計算に利用する。つまり、「ない」という状態と、「ある」という状態が同時に存在するのである。それは「存在」や「境界」とは何かという根源的な問いをわれわれに投げかける。仏教的な、あるいは哲学的な言い方をすれば、量子力学では、「自分」と「他者」との境界線はなく、「自分」は「他者」であり、「他者」は「自分」なのである。
●他者への信頼があっての自信
そう考えると、confidenceという言葉の本質が見えてくる。「自分を信じること」と、「他者を信じること」は同義なのである。クルマを運転していて、目の前の橋がとつぜん崩れ落ちるとは考えない。そこには、橋を築いた誰かへの無意識の信頼がある。対向車が突然ハンドルを切って、こちらへ真っ直ぐに向かってくるとは考えない。相手のドライバーが理性を持って運転していると信じているからだ。青信号で横断歩道を渡るときも同じである。信号を無視して、クルマが突っ込んでくるとは考えない。そんな無謀はドライバーはいないと信じているからである。
社会とは、無数の「信頼」の上に成り立っている。どれほど「自分には自信がある」と豪語しても、他者への信頼を失った瞬間、人は社会の中で生きていくことができなくなる。
●自分を愛せないと、人を愛せない
『英文標準問題精講』に、こんな一節がある。
You can’t love others if you don’t honestly love yourself. Having a poor opinion of yourself――whether there is reason for it or not――will be reflected in your attitude toward the people around you. If you are tortured by being too short or too homely or too unsuccessful, your resentment will smolder until it flares into hostility toward the rest of the world
――James Bender, Your Way to Popularity and Personal Power
自分自身を心から愛せなければ、他人を愛することはできない。自分自身を低く評価している――それには理由があるにせよ、ないにせよ――そのことは、周囲の人々に対する態度にも表れてしまう。背が低すぎる、容姿が地味すぎる、あるいは成功していないことに苦悩しているなら、その恨みはくすぶり続け、やがて世界全体に対する敵意として爆発することになるだろう――ジェームズ・ベンダー『人気と自己実現への道』
ここで、「愛」を「信頼」に置き換えれば、――自分自身を心から信頼できなければ、他人を信頼することはできない――となる。
世界は不確実である。状況は絶えず変化し、人の心も揺れ動く。未来に何が起こるかは誰にも分からない。みんな不安を抱えて生きている。そんな中で、「きっと大丈夫だ」とゴーサインを出せる資質がconfidenceである。その積極的な肯定こそが confidenceなのだ。confidenceとは、自分を信じ、他者を信じ、世界に向かって「大丈夫だ」と言い切れる、きわめて能動的なオプティミズムなのである。
その意味で、confidenceは教師にとって欠くことのできない資質である。英語学習は、山また山に遭遇する営みだ。学習者は、何度も壁にぶつかりながら、それでも前へ進み続けなければならない。だからこそ教師には、confidenceが求められる。自分には生徒を導ける力があるという自信だけでなく、生徒という他者の可能性を信じる力も要る。自信は自分のなかだけで完結するのではない。他者に対する信頼も不可欠なのである。
●ピグマリオン効果
ピグマリオン効果(pygmalion effect)は、教師が、この生徒は伸びると期待していると、教師の期待どおりに、その生徒の学力が向上するというもの。その期待は、実際の成績に基づくものではない。教師がただ期待するだけで生徒の学力は向上するという。
高校教育の現場では、こんな教師がいるという。大きな穴の空いた靴下を履いて平気な教師。まともに視線を合わせられない教師。大半が居眠りをする授業を行う教師。生徒に背を向け、ひたすら板書する教師。自分が出した問題の解説ができない教師。
自分を信頼する度合いと、生徒を信頼する度合いは比例する。自信のない教師は、生徒を信頼しない。生徒を信頼しない教師に、教師は務まらない。
2026年5月27日
