文法軽視が止まらない
●訳文の日本語が気になる
塾生の通う高校の校内模試を見ていたら、目の錯覚かと思うほどひどい訳文が目に飛び込んできた。以下がその「英文」と「訳文」である。
Though the old order of society and many of the institutions coming down from former days seemed, in the eighteenth century, to be permanent, a new attitude of mind was spreading among thoughtful people which was to influence every aspect of life.
社会の古い秩序と昔から伝わる制度の多くは、18世紀になっても永続的なもののように思われてはいたが、思慮ある人びとのあいだには新たな精神的な姿勢が広まり、それが生活のあらゆ面に影響を及ぼす。
この英文の出典がどこかは知るよしもないが、入試問題の一節と思われる。入試問題には、必ず出題者の意図がある。言い換えれば「なぜこの英文を訳させるのか」「それによって受験生のどんな能力を知りたいのか」である。
この英文を訳出する際にヤマ場は一つしかない。訳出するときに決してハズしてはならない最重要ポイントのことである。したがって、そのポイントが見えなければ単語や熟語をどんなに知っていても、どんなに丁寧に美しい文字で書こうが、得点は望めない。英文和訳の問題で「だいたいこんな意味だろう」は通用しない。
●どこが「柱」か?
上記の解答訳は、そのポイントを見事にハズしている。そのポイントとはどこか?
まず、この英文の構造をはっきりさせておこう。出だしのThoughは従属接続詞であり、その範囲は、Thoughからpermanentまでである。また、whichからは関係詞節であり、先行詞を修飾し、その範囲はwhichから文末のlifeまでである。amongで始まる前置詞句の範囲はpeopleまでで、was spreadingを修飾している。図式化するとこうなる。
[Though ~ permanent,]
a new attitude of mind was spreading
(among thoughtful people) [which ~ life].
ここで飾りの働きをしている[ ]と( )の部分を取り除くと、残るのは:
A new attitude of mind was spreading.「新しい精神の態度が広がりつつあった」
これがこの文の「柱」である。
解答訳では、「柱」は「それが生活のあらゆ面に影響を及ぼす」になっているが、明らかに間違っている。この部分は、whichで導かれる関係詞の中身の話であって、決して「柱」ではない。「関係詞節」は単に「先行詞」の飾りに過ぎないからだ。
さらに、「~に影響を及ぼす」と現在時制で訳している箇所はまったく理解に苦しむ。
●関係詞の先行詞は?
それでは「関係詞」whichが飾る「先行詞」はどこか? これこそがこの英文を理解する上でのハイライトであり、採点者が眼を光らせてチェックする箇所である。
whichの直前にpeopleがあるからといって「先行詞」をpeopleだと考えるのは誤りである。whichが「人間」を「先行詞」とすることはないし、かりにwhich=peopleと考えたとしても、whichのあとに続く動詞がwasでは矛盾する。”people were”はあっても、”people was”はない。
それでは「先行詞」はどこにあるのか? 「先行詞」は、主語の”a new attitude of mind”である。
「先行詞」は「関係詞」から遠く離れたところにある。「先行詞」と「関係詞」を続けてしまうと、主語の部分が長くなりバランスが悪い。そこで「先行詞」と「関係詞」を分離したのである。
英文では「先行詞」と「関係詞」が分離するケースは、いたるところで見られる。
・A man does not pardon another’s faults who has more of his own.
「人は自分自身の欠点のほうが多いくせに他人の欠点を許さない」『英標・例題10』
・Many people can afford to buy motor-cars at anything from two hundred pounds who would be aghast at the idea of spending a half guinea occasionally on a book.
「時たま本1冊買うのに半ギニーも出すとなると、考えただけでも肝をつぶすくせに、自動車なら200ポンド以上いくらでも払って買うだけのゆとりのある人が多い」『英標・例題34』
●主な相違点
以下は問題文の拙訳である。
社会の古い秩序や昔からの制度の多くは、18世紀には、ずっと続くと思われていたが、生活のあらゆる面に影響を及ぼすことになる新たな精神の態度が知識人のあいだに広まりつつあった。(拙訳)
最後に、「解答訳」と「拙訳」では、どこが違うか主な相違点を対比させておこう。
①「解答訳」「18世紀になっても」
「拙 訳」「18世紀には」
②「解答訳」「永続的なもののように思われてはいたが」
「拙 訳」「ずっと続くと思われていたが」
③「解答訳」「思慮ある人びとのあいだに」
「拙 訳」「知識人のあいだに」
④「解答訳」「それが生活のあらゆ面に影響を及ぼす。」(文末)
「拙 訳」「新たな精神の態度が~広まりつつあった。」(文末)
①②③の「解答訳」は、受験生のレベルならギリギリ許容されても、④の「解答訳」は完全にアウトである。
2015年02月02日