5文型でつまずくとその先はない
●文型を無視した日本語訳
入塾を希望する浪人生のA君に「次の英文を、内容は無視して、文型通りに訳せ」という問題を出してみた。
①John gave Mary the book.
②Mary gave the book John.
③The book gave John Mary.
A君の訳は:
①ジョンはメアリにその本をあげた。
②メアリにその本をジョンはあげた。
③その本をジョンはメアリにあげた。
語順が違うだけで、事実上その訳は3つとも同じだった。
A君にとっては、
A gave B C.
B gave C A.
C gave A B.は、どれも同じ意味なのだ。
●日本語には助詞がある
このような誤った理解はどこからくるのか。
「ジョンは」「メアリに」「その本を」の3つは、どのような順に並べても、日本語ではその意味は変わらない。なぜなら、日本語には、「は」や「を」や「に」といった「助詞」があるからだ。どういう語順で名詞を並べようが、どれが主語で、どれが目的語かは一目瞭然である。「助詞」が目印となり、主語や目的語を示す標識になっているからだ。
しかし、英語に「助詞」はない。英語で主語や目的語を決定するのは「語順」である。その語順の並びをパターン化したものが「5文型」である。
1. S V
2. S V C
3. S V O
4. S V O O
5. S V O C
①We / chose / her / a nice birthday present.
②We / chose / her / our leader.
A君に上の2文を訳してもらうと、①は訳せても、②は訳せなかった。
この2文は、We chose her ( ).までは全く同じ単語が並んでいるが、その後の( )に、(a nice birthday present)がくるか、(our leader)がくるかで意味が異なる。5文型が理解できてないと、①と②の違いは見えない。
●表意文字と表音文字
さらにA君に、次の単語の発音をカタカナで書いてもらった。
①bought( )
②boat( )
①はbought(ボート)であり、②はboat(ボウト) だが、A君の答えは逆になっていた。
日本語では、たとえば「学校」という漢字が読めなくても、「学ぶところ」だとわかる。漢字は表意文字だから、読み方がわからなくても意味は取れる。「日本」という漢字も、「ニホン」と読んでも「ニッポン」と読んでも意味は変わらない。「世論」も、「ヨロン」と読んでも「セロン」と読んでも同じ意味である。
しかし、英語では「ボート」と「ボウト」では意味が異なる。「ボート」でも「ボウト」でも、どちらでもいいわけではない。英語は表音文字である。まず文字を音に変換し、次に音から意味を理解する。漢字のように文字と意味はダイレクトに結びついていない。日本語(漢字)と英語(アルファベット)では、認識のプロセスがどう違うかを図式化しておこう。
日本語:文字 → → → 意味 → 理解
英 語:文字 → 【音】→ 意味 → 理解
このように、日本語では漢字の読み方がわからなくてもその意味は理解できるが、英語では、基本的に単語の発音ができなければ意味は理解できない。「基本的に」と書いたのは、発音はできないが意味を理解してる生徒はおおぜいいるからだ。
air(アイアー)
must(ムスト)
done(ドン)
dangerous(ダンガラス)
foreign(フォレイガン)
accept(アッケプト)
science(スシエンス)
これらはいままで耳にしたことのある発音である。まともに発音ができない生徒は相当数にのぼり、そういう生徒は自己流の「読み」を好き勝手に充てている。教える側がよほど注意して聴いていないと、単語の発音は野放し状態で、音読は無法地帯となっている。
このようにデタラメな発音であっても、単語の意味が理解できるのはなぜか。それは、「音」を抜かして「スペル」と「意味」を直接結びつけて覚えているからだ。その結果、彼らの頭のなかでは「音」と「意味」は結びついていない。漢字でいえば、「意味」はわかるが「フリガナ」はふれない状態である。
漢字の「読み」がわからなくても「意味」はわかる状態は、日本語では許されても、英語学習ではありえない。「音」を無視して、表音文字である英語を「視覚情報」だけで学ぶのでは、リスニングやスピーキングの技能が劣るのは当然である。
●5文型がわからなくても、発音ができなくても、センター試験は140点
A君は、5文型を無視し、発音には無頓着である。まともな英語力があるとは思えないのだが、さきのセンター試験のスコアーは140点だったという。平均点は120点だから平均以上の水準だ。
センター試験のスコアーは実際の英語力とは70点ぐらいブレているのではないかと感じている。200点を取ってもおかしくない生徒が、ちょっとしたミスで130点だったり、実力は70点ぐらいの生徒が、たまたま140点だったりする。センター試験の点数は、もはや「指標」としての役割を果たしていない。
マークシート方式のセンター試験では、思考のプロセスは問われない。その結果、「答えが合いさえすればいい」と考えるようになる。手っ取り早く得点できることが重要であり、じっくりものごとを考えていこうとは思わなくなる。
「理解すること」よりも「得点すること」に関心は向く。「中身」よりも「点数」が大事であり、「プロセス」よりも「結果」が大事になる。「結果」がすべてだから、勉強とは「答え合わせ」のことである。「理解しているかどうか」はどうでもよくなる。「わかった」という感動が伴わなければ、勉強はむなしいだけである。
むなしいことをやっていると、やりがいはない。単語を覚えた方がやりがいがあると考える。単語の暗記は具体的だから、それで安心してしまう。文法などは、抽象的でつかみどころがなく、深入りすると不安は増すばかりである。こうして文法学習は敬遠されていく。
●5文型は英文法の根幹をなす
単語は覚えるものだが、段階を踏んで理解していくのが文法である。「理解の仕方」を学ぶのが文法学習である。効率ばかりが追求される世の中で、文法学習は時代に逆行した泥臭い作業なのだ。その英文法の基礎となるのが5文型である。
英文法と5文型がどのように関連しているか、いくつか例を挙げておこう。
・「時や条件の副詞節のなかでは未来を表すwillは使えない」は、高1英文法のハイライトである。この文法ルールにでてくる「副詞節」の理解には、「名詞節」の理解が前提である。そして「名詞節」の理解にはS・O・Cの理解が不可欠である。
・「動名詞」は動詞から派生した名詞で、「名詞の働き」をあわせもつ。したがって、「動名詞」の理解には「名詞」の理解が不可欠であり、「名詞」の理解にはS・O・Cの理解が不可欠となる。
・「不定詞」の名詞用法も、「名詞」の働きだから、S・O・Cの理解が前提である。
・「分詞」の働きは、「名詞修飾」「分詞構文」「C」だから、ここでもS・O・Cの理解が不可欠となる。
・「受動態」も、Oが存在する文はすべて「受動態」に変形できるから、前提となるのは
S・O・Cの理解である。
・”turn on”という熟語がある。”turn on the radio”で「ラジオのスイッチを入れる」という意味だ。”turn the radio on”(VOC)が、”turn on the radio”(VCO)へと転じたものである。ネイティブは、いちいち熟語を覚えているわけではない。こうした5文型の構造を直感的に認識し意味をつかんでいるのである。
具体例は省くが、関係詞や接続詞が入り組んだ複雑な文であっても、つきつめれば5文型の構造がくり返されているにすぎない。極端な話をすれば、5文型がわかり、辞書さえあれば独学で英文は読めるということである。
●あやしげなマニュアルが横行している
マークシート方式では、理解はできなくても答えが合いさえすればいい。手っ取り早く解答するためだけに、勝手に文法ルールを省略し、ねじ曲げた例を挙げておこう。
最初に挙げた「時や条件の副詞節のなかでは未来を表すwillは使えない」は重要文法だが、これを「whenやifの中でwillは使えない」と端折って覚えている生徒は多い。また、実際にそう教えられてきたという。その方が簡潔で覚えやすいし、いちいち「副詞節」かどうかを考えなくてすむ。要するに5文型などわからなくても解答できるからだ。しかしこれでは次のような文に出くわすともう通用しなくなる。
Tell me when he will come home from his European trip.
I wonder if it will be fine tomorrow.
こんな例もある。「have+O+原形」「have+O+過去分詞」は、ともにVOCの第5文型である。入試では、Cが「原形」なのか、「過去分詞」なのかがよく問われる。手っ取り早く解答するためだけに、次のように覚えている生徒は多い。「Oが人なら原形」「Oが物なら過去分詞」。これも誤りである。「原形」か「過去分詞」かは、OとCの関係が、「能動関係」か「受動関係」かで決まるのであって、「人」であるか「物」であるかで決まるのではない。
このような無責任なマニュアルが横行しているのは、文型を考えなくても解答できるからだ。しかしこれでは5文型をベースとした英文法の本質とは矛盾する。その場しのぎのあやしげなテクニックで、マークシートでは得点できても、将来、まともに英文を読んだり書いたりしていくことはできない。5文型でつまずくと、その後の英語学習に未来はない。
A君は、高3のときに英検2級に受かり、今は準1級の勉強をしているという。志望大学を聞くと、旧帝大系の国立大学の名を挙げた。A君には5文型を扱った高1クラスの授業を見学してもらったが、入塾はしなかった。5文型が英語学習においてどれほど重要かは、A君には通じなかった。
2014年5月01日