模試は受けるな
なぜ全国模試を受けるのか?
①自分の弱点がわかる。
②偏差値によって他の受験生との比較ができる。
③本番のリハーサルになる。
こんな理由が考えられるが、理屈と実際は異なる。
●弱点は自分で見つけよ
模試は休日の朝に始まり、通常は夕方に終わる。丸1日かけて試験を受けると、精神的にクタクタになる。帰宅してから、受けた試験のレビューをするエネルギーが残っている生徒は少ない。翌日からは通常の学校の授業が待っている。あとで検討しようと思っているうちに時間は過ぎていく。結局、模試は受けっぱなしで弱点の把握や克服にはつながらない。
元々まともな受験生なら、自分の弱点箇所など、他人に指摘してもらわなくても自分で認識している。志望大学の過去問に目を通せば、自分に欠けている分野や能力などすぐにわかる。模試に頼り他者の判断を仰ぐのは自立していないからだ、とも言える。
1か月もすると成績表が返ってくる。成績表には、得点、平均点、偏差値、全国順位、校内順位、志望大学の合格可能性が載っている。数字のオンパレードだ。実体を数値化し加工すればするほど実体から離れていく。意味論的にいえば「ことば」それ自体が実体とは異なるものなのだから当然のことだが、ここでは、数値化のまやかしの具体例を挙げて指摘することに留めておこう。
●数字の虚構
試験問題の配点はこうなっている。damageのアクセントの位置がわかれば2点、前置詞inが正しく選択できれば4点、The light kept the baby awake.(灯りがついていたので赤ちゃんは目が覚めたままだった)を正しく訳すことができれば6点。
これは言い換えれば、鉛筆は2点、消しゴムは4点、三角定規は6点と言っているのと同じこと。点数とは恣意的に知識を数字に置き換えたものに過ぎない。鉛筆は200点、消しゴムは1点、三角定規は10点でもかまわない。配点は出題者の裁量に委ねられ、勝手に割り振られている。
ネイティブと話をしていて、swimmingとsingingを聞き間違えて、話が混乱したことがある。発音上のミスは軽く、文法上のミスは重いなどとは言えない。
正答を数値化した時点で虚構を生み出しているのだが、その虚構をさらに加工したものが平均点。鉛筆は2点、消しゴムは4点、三角定規は6点、これら3つを平均すると、(2+4+6)÷3=4となり、鉛筆と消しゴムと三角定規の平均点は4点となる。
この数値化の虚構をさらに発展させると、偏差値というフィクションが生まれ、合否判定という幻想が生まれる。そしてこの幻想は一人歩きを始め、受験生の志望校選択や行動を混乱させる。
●合否判定のウソ
『予備校が教育を救う』(丹羽健夫著・文春新書)に、「M大学文学部文学科の合否の実態」と題して、こんな資料が載っている。
偏差値 | 45.0以下 | 47.5 | 50.0 | 52.5 | 55.0 | 57.5 | 60.0 | 62.5 | 65.0以上 |
判定 | E | E | E | E | D | D | C | B | A |
合格者数 | 4 | 6 | 19 | 38 | 57 | 67 | 68 | 48 | 37 |
不合格者数 | 226 | 142 | 183 | 204 | 209 | 127 | 73 | 27 | 7 |
合格率 | ~4% | 4% | 9% | 16% | 21% | 35% | 48% | 64% | 83%~ |
偏差値60がC判定ゾーン。合否のボーダーラインとされ、合格者数と不合格者数の数がほぼ等しくなる。
目を引くのは、A判定(偏差値65以上)で不合格者が7人、逆に、E判定(偏差値45以下)で合格者が4人いる点である。偏差値が65以上と45以下では、実力の差は月とスッポンほど違うが、合否の実態は異なる。受かる者は受かり、落ちる者は落ちるとしか言い様がない。降水確率と同じで、降るときは降り、降らないときは降らない。
●どう転んでも模試は不安をかき立てる
模試の成績はどんな判定であっても受験生は不安を募らせる。 仮にA判定であっても、これは模試での話、本番とは違うから油断はできないと考える。逆に、E判定だと合格のゴールは遠のき、学習のモチベーションは一気に下がる。
女子レスリングの吉田沙保里選手は、世界大会16連覇、個人戦206連勝を記録し、「霊長類最強女子」の異名を持つ。リオデジャネイロ・オリンピックでは日本選手団の主将を務め、金メダルを絶対視されていたが決勝で敗れ銀メダルに終わった。
吉田選手が、ありとあらゆる対戦者を想定し、メンタル、フィジカル、技術面で想像を絶するトレーニングを積んだであろうことは容易に想像できる。それでも負けるときは負ける。リハーサルはどこまでいってもリハーサルであって本番とは違う。そもそも人生にリハーサルなどはない。
模試を何回受けようが、どんなに試験に慣れようが、本番は違う。模試などは無視してコツコツと地道な日々の学習に務めた方がいい。模試の成績に振り回されないメンタルの強さを鍛えた方がいい。
不安だから模試を受けるは、不安を強化する。そして不安が強化されるから、その不安は的中する。
2019年5月15日