一冊の原書から始まった「感謝」の習慣
●ベストセラーを原書で読んでみる
『The Magic』(Rhonda Byrne著)を原書で読んだ。高校生でも英語で読める。
著者のロンダ・バーンは、世界的ベストセラー『The Secret』によって一世を風靡した。同書は世界で3,500万部以上を売り上げたとされる。ベストセラーということは、誰にでも読めるほどやさしいということでもある。
『The magic』も『The Secret』も、共に英文は平易で読みやすい。使用されている語彙はおおむね英検2級程度だ。洋書に初めて挑戦する人にも取り組みやすい。
英検2級の語彙力があれば、『The Magic』に登場する単語の95%は既知の単語だろう。それでも知らない単語が気になるなら、その都度辞書を引けばいい。私自身、辞書を引くこともあれば、辞書は引かずに、そのまま読み進めることもある。気になれば引くし、気にならなければ無視する。その時々の気分次第である。
律儀に一字一句理解しようとすると、相当なストレスになる。その結果、最初の数ページで投げ出すことになる。神田の古書店に並ぶ洋書を手に取れば、最初の数ページにだけ、単語の意味の書き込みがあるのを目にする。後のページは手つかずだから、その箇所で断念したことがわかる。そうならないためには、いくつかヒントがある。
●読みたいところから読む
まず、「目次」を見て、いちばん惹かれるところから読む。例えば、本書の77ページに、The Magical way out of negativity(ネガティビティからの魔法の脱出法)というチャプターがある。
ここから読む。自分がいちばん興味を持った箇所だから。面白く読める。だが意に反して面白くなければ、そこでやめる。なぜなら他の箇所が面白い可能性は低いからだ。いちばん面白いと思った箇所が面白くないのだから、縁がなかったとしてキッパリ諦める。もし、その箇所が面白く読め、興味が湧けば、その前後のチャプターを読んでもいいし、最初のチャプターに戻ってもいい。次に興味の持てそうなチャプターを探してもいい。すると、221ページのMagically transform mistakes into blessings(魔法のようにミスを恵みに変える)が、目に留まる。要するに、どこから読もうと自由なのだ。cover-to-coverで読まなくても誰の迷惑になるわけでもない。著者に不義理を感じる必要もない。本とそのときの自分の波長が合わなかっただけである。
そもそも、著者自身が、「まえがき」「本文」「あとがき」の順で書いているわけではないのだ。おそらく、いちばん書きたい箇所から書き始めたはずだ。なぜなら私自身、『チュンプルズ』を書いたとき、「まえがき」は、いちばん最後に書いた。真っ先に書いたのは、「§18不定詞」だった。いちばん書きやすいと思ったからだ。
●ちょっとだけ背伸びをしてみる
手にした本が当たりか、はずれかがこのようにしてわかる。さらに洋書の場合は、これに英文の難しさと語彙のレベルが加わる。自分にはちょっと無理かもと思いながらも、どうしても読みたいという動機も関係する。ときにはちょっと背伸びをしてみると、視野が広がり未知の世界が開けるのである。未知の世界というのは、単に新しい知識を得て世界が広がるという意味だけではない。洋書を読むプロセスで、思いもしなかったことに気づくことがあるのだ。
最近ではAIの助けを借りるという手もある。いちいち英文を打ち込むという手間がかかるが、正確に訳してくれる。その訳は正確というだけでなく、見事な訳なのだ。その見事さに、ときには「なるほど」と唸ることさえある。このようにAIがどう訳すかを楽しむ楽しみ方もある。
洋書を読んでいて、詰まることがある。すんなり頭に入ってこないのである。2度、3度とゆっくり読み直してみても、はっきりしないことがある。そうであっても安易にAIには頼らず、英文をノートに書き写すことがある。書き写してどうするのかというと、受験生がやるように( )や[ 」をつけて、英文の構造をつぶさに分析してみるのである。面倒臭そうに聞こえるが、それでいいのである。急ぐ必要はどこにもない。分析自体を楽しむのだ。手間をかけた分だけ、意味がはっきりわかったときの納得感はひとしおである。自分だけにしか味わえない満足感なのだ。
●ゆっくりとしか読めないからこそ「味わえる」
この満足感は、ゆっくりと読むことでしか味わえない。日本語訳で読むと、すらすらと読んでしまい、あまり頭に残らないことが多い。その点、英文で読むとスピードは遅くなるが、そのぶん本との接し方が丁寧になり理解が深まる。
『ひらがなで読めばわかる日本語』 (中西進著)に、「味わう」についての説明がある。著者は、元号「令和」の考案者で万葉語の第一人者である。
――「あぢはい」は、単に「味」というのと違って、口の中に長く残る味をいう。「味のある人だ」というより、「あの人は味わいがある」というほうが、なにかしら深みが出る。
幸福感を、私たちは「さいわい」と表現する。「さいわい」の古語は「さきはひ」であり、「さき」と「はひ」に分かれる。「さき」のもとは、「さく」。「花が咲く」の「さく」である。「さきはい」ということばは、「花盛りが長く続く」、という意味になる。古代の日本人は、「幸福って何?」と問われると、きわめて具体的に、「花があふれ咲き満ちている状態が長く続くこと」を幸せだと感じていたのがわかる。――
ゆっくりだからこそ、長く続く感覚が味わえるのである。The faster, the better.(速ければ速いほど良い)ではなく、The slower, the happier.(ゆっくりだから、それだけ幸せ)なのだ。
●英文だから煩わしさに付き合える
『The Magic』のテーマは「感謝」である。丸ごと一冊、感謝について書かれている。そう聞くと、「ふーん、感謝の話か」と、それだけで終わってしまいそうだが、実際に読んでみると、なかなか奥が深い。そもそも本書の目的は、読んで理解することではない。
To know is one thing, and to do is another.――知っていることと、実際に行うことは別物である。
どれほど「感謝」の大切さを理解したところで、それを日々の生活のなかで実践しなければ、単なる知識で終わってしまう。本書では、各チャプターごとに、実際に取り組むべき「ワーク」が用意されている。もし私がこの本を日本語訳で読んでいたら、恐らく、どんどん先へ読み進んでしまっただろう。そして、実践すべきワークの部分は、つい飛ばしていたに違いない。
読むことはインプットであり、ワークに取り組むことはアウトプットである。せっかく気持ちよく読み進めているところで、いちいち本を閉じ、手を止めてワークに取り組む――。これは、正直なところ、かなり煩わしい。
●Gratitude Journal
ところが、英文で読むとなると話は違ってくる。もともと英文は、日本語ほどスラスラとは読めない。必然的に読む速度が落ちる。そのおかげで、文章の途中に挟まれたワークにも、とくに「面倒だ」と感じることなく、自然な流れで挑むことができる。思わぬところで、英文で読むことの効用を発見した。
とはいえ、この本で私が最も手を焼いたワークがある。それは、「あなたが感謝できることを10個挙げ、それぞれについて、その理由を書きなさい」というもの。しかもそれを28日間毎朝、続けなさい」とある。4週間に渡って、全部で280個の「感謝」を書き出すことになる。かなりヘビーなワークである。私は覚悟を決め、専用のノートを準備し、タイトルはGratitude Journal(感謝ノート)とした。
毎朝、10個の「感謝」を書き出すのは大変そうに見えるが、案ずるより産むが易しで、これが楽しいのである。逆を考えてみればよくわかる。毎朝、「困ったこと」「心配ごと」「不安に思うこと」を考えていたら気が滅入ってしまう。しかし、「感謝」を数えだしたらいくらでも見つかり、気分は高揚する。
「朝、目が覚めたこと」「今日も歩けること」「食事ができること」「話をする相手がいること」「本が読めること」――「感謝できること」を探し始めると、不思議なことに、いくらでも見つかるのである。自分の生活、身の回りは、「感謝」で満ちあふれているのがわかる。
●サーチ・エンジンがフル稼働する
有名な「だまし絵」がある。ある見方では「老婆」に見え、見方を変えると「若い女性」に見える。この「だまし絵」の面白いところは、「老婆」に焦点を当てると、「若い女性]は消え、「若い女性」に焦点を当てると、「老婆」は消えるということである。両者を同時に見ることはできない。「老婆」と「若い女性」を交互に見るには、頭の中のスイッチをオンとオフに切り替えなければならない。両者は共存できないのである。
これが意味するところは、こういうことだ。――感謝ノートを綴ろうとすると、脳のサーチ・エンジンが動き出し、感謝だけを探し始めるのだ。
ネガティブな感情は排除され、頭の中は感謝モード一色になる。朝一番で、この感謝ノートを書く。その余韻は、そのあとも一日中ずっと続く。「どこへ行っても」「何を見ても」「何が起こっても」「誰と会い、何をしゃべっても」、頭の中は感謝モードなのだ。「不安」「恐れ」「怒り」は締め出され、ネガティブな感情が入り込む余地はゼロである。「感謝しなければ」と、意識する必要はない。頑張る必要もない。いちどスイッチが入ってしまえば、あとはフル・オート・モードで自動的にそうなるのだ。
この感謝ノートのおかげで、毎日を静かで穏やかに過ごせるようになった。私の感謝ノートは28日間、280個では終わらなかった。今も続いている。A5・120ページのノートはすでに2冊目に入った。感謝の数は700個を超えた。感謝ノートを綴ることは、今では私にとって、朝の大切な日課である。
一日が始まる。ノートを開く。感謝を探す。「感謝」、「感謝」、「感謝」――、一日の風景がまったく違って見える。
2026年9月5日
