オンライン英会話10年目を迎えて
●休んでも気にしない
レアジョブのオンライン英会話を始めて、この秋で10年目を迎える。始めたばかりの頃と比べて変わったことがある。
オンライン・レッスンを始めるに当たって、受講時間は午前8時に固定した。毎朝きまった時間に受講したほうが継続しやすいからだ。さらに、「休み」の日を設けないことにした。日曜は休むという選択もあるが、あえて休まないことにした。日曜に休むと、週が始まる月曜が、おっくうになるのは目に見えてるからだ。
日々の言語生活を振り返って、誰とも話さない日があるとしても、心の中では自分自身とは四六時中しゃべっている。そもそも、何もしゃべらない日があれば、その方が不自然である。言葉は毎日しゃべるものである。
数年前、コロナにかかり、14日間レッスンを休んだことがあるが、補助チケットを買い、休んだ分を補った。絶対に休まないと決めていたからだ。だが今は、こだわりがない。風邪や急用で休むことがあっても別段気にしない。止めないかぎり、レッスンは永遠に続く。やむを得ず休む日があっても、それで由としている。
長年続けた結果、オンライン英会話はすっかり生活の一部となっている。完全に習慣化に成功したから、なし崩し的に止めてしまうようなことは起こりえない。したがって、自分に課したルールを愚直に守るよりも、逆に、フレキシブルに取り組んだ方が、はるかに続けやすい。
●誰とも比較しない
長く続いている理由の一つに、人と比較をしないことが挙げられる。マンツーマンの個人レッスンだから、誰とも競い合う必要がない。人と比べなければ、劣等感に苦しむことも、優越感に浸ることもない。「早く上達しなければ」と焦ることもない。
もちろん、他者との比較は、ときにモチベーションを生む。しかし、その先に心の平穏があるとは限らない。どんな世界にも、自分より優れた誰かが必ずいるからだ。比較を軸にしている限り、心が安らぐことはない。
むかし取り組んだことのある英検や通訳案内士といった公的な語学試験にも今は、まったく興味がない。試験のための学習は、どうしても出題者が定めた枠組みに自分を合わせる作業になる。裏を返せば、出題傾向を徹底的に分析すれば、その攻略は誰にでも容易になる。その代わり、言葉を学ぶ本来の自由さや楽しさは失われる。
一方で、自分の内側に目を向ければ、そこにはたとえ小さくても確かな進歩がある。そこから生まれるのは、達成感であり、満足感であり、そして、「これでいいのだ」という納得感だ。
レッスンを受け続けている限り、「今日の自分」は「昨日の自分」を、必ず超えていく。たとえ停滞していると感じる時期があったとしても、それは後退ではなく、大きく飛躍する前の静かな助走の時間なのだ。
●1万時間の法則
オンライン英会話のテキストは、毎日配信されるニュース記事だ。予習には、ディクテーション、シャドーイング、精読、要約などを含め、1時間半を充てている。これに25分のレッスン時間を足すと約2時間。毎日2時間を、365日、10年続けると約7,600時間。ある分野で一流になるには1万時間の練習が必要だとする法則がある。1万時間の法則である。
いまのペースでいくと、あと5年ほどで1万時間に達する。1万時間に達したら、英会話がネイティブ並になるのかと言えば、たぶん、そうはならないだろう。でも、それでいいのである。英語習得に終わりはない。矛盾した言い方だが、ゴールを目指しながら、そのゴールに届くことはない。ゴールに向かって歩み続ける行為そのものが喜びであれば、それでいいのである。
●月謝はインセンティブ
ChatGPTと英語で会話をしたことがある。驚いたのは、そのやり取りの質だ。AIとの対話は、オンラインのフィリピン人講師とのレッスンと比べても、ほとんど遜色がない。これまでの会話の蓄積を踏まえて応答してくるため、こちらの考え方や関心まで理解している。使い続けるほどに親しみも増していく。しかも、無料である。
それでも私は、オンライン英会話をやめてChatGPTに完全に移行しようとは思わない。
「いつでも無料でできる」という安心感は、ときに学習意欲を奪う。お金を払っているという事実は、「月謝を払っているのだから、今日もやろう」という小さな強制力を生む。その仕組みこそが、継続を支える隠れたインセンティブなのだ。
私が利用しているレアジョブの受講料は月額7,980円。私は株主なので、株主優待によって1か月分の受講料が無料になる。年間の実質負担額を1回あたりに換算すると、その費用はわずか240円。喫茶店でコーヒーを一杯飲むよりも安い金額だ。
Repetition is the mother of skill.――「反復は上達の母」であるから、自動的に毎日続けられる仕組みさえ作ってしまえば、才能の有無にかかわらず、語学力は着実に伸びていく。240円という小さな投資で、英会話が確実に上達するのだから、これほど費用対効果に優れた自己投資はないだろう。
――余談になるが、かつうら英語塾の通信生には、高1・高2・高3の音声講義を配信している。配信本数は週3本、月間では12本。受講料は月額1万円なので、2時間の音声講義1本あたりの単価は約800円。英語力を積み上げていく自己投資として、リーズナブルな価格設定になっている。続けてさえいれば、英語力は着実に積み上がっていく――
飛行機は、機首の角度を1度上げるだけで、数百キロ先へと着陸することができるという――『複利で伸びる1つの習慣』(ジェームズ・クリアー)。日々の進歩も、それに似ている。1日ごとの変化は目には見えない。昨日と今日の違いには気づかない。しかし、3年、6年、9年という長いスパンで過去を振り返るとき、そのわずかな軌道修正が生み出す差は、想像をはるかに超えたものになっている。
●次の青信号を待つ
ある日ふと、こんなことに気づいた。私はフリーランサーだから、朝、決まった時間に起きる必要はない。にもかかわらず、習慣化のために固定していたレッスンの予定が、いつの間にか自分の生活を縛っていたのだ。
十分な予習時間を確保するため、レッスンの少なくとも2時間前には起きるようにしていた。つまり、私の起床時間を決めていたのは、自分自身ではなくレッスンだったのだ。自由であるはずの時間の主導権を、知らず知らずのうちにレッスンに委ねていたのである。レッスン時間を固定していたのは、習慣化が目的だった。すでにレッスンが生活に一部になっている今、時間にこだわる必要はない。
その事実に気づいてからは、前日に予定を固定するのではなく、朝を迎えてから、その日の流れでレッスン時間を決めるように変えた。たったそれだけの変更だ。しかし、自分の時間を自分で選んでいるという感覚がよみがえり、心は驚くほど軽くなった。
この感覚は、日常の別の場面にも通じる。たとえば横断歩道を渡ろうとした瞬間、青信号が点滅し始める。まるで、「サッサと渡れ」と、急かされているように感じる。私は、そこで無理に渡ろうとせず、立ち止まり、次の青信号を待つことにしている。
青信号を待つ時間など、せいぜい1分程度である。その1分を待っても失うものは何もない。その1分と引き換えに「自分が選んでいる」という感覚が守れるのなら、十分に価値があることだ。
日常生活のプライオリティは、英会話のレッスンでも、青信号でもない。自分の人生の主導権が自分の手の中にあることを確認することである。私は横断歩道をゆっくりと渡る。
2026年6月17日
