こうして英語難民が量産される
― 高1実力テスト批判(2024年6月実施)―
●3ヶ月前までは中学生だったのだ
意味が通じるようにカッコ内の語句を並べ替えよ。―6-D-(1)
It is (to, invention, our, owe, that, we) civilization.
私がこの並べ替え問題をどう処理するかを説明しておこう。まず目に止まるのはoweである。続いて次のような思考の流れが起こる。
①I owe you $20.(私はあなたに20ドルの借りがある)
②I owe $20 to you.(第4文型を第3文型に変形)
③I owe what I am to you.($20をwhat I amに置き換える)。意味は、「今の私があるのはあなたのおかげである」
④ourの後に続くのは、inventionなのかcivilizationなのかを迷うが、our civilizationの方に落ち着く。
⑤We owe our civilization to invention.が完成する。
⑥残りは、It is, thatとなり、ここでto inventionを強調する強調構文であることに気づく。
⑦答えは、It is to invention that we owe our civilization. となる。
この問題は、単に「oweの意味を知っている」「強調構文を知っている」、というだけでは解答できない。「oweの使い方」に習熟し、「強調構文の仕組み」に精通していなければ解答できない。難易度のレベルで言えば超難問である。偏差値75以上、すなわち上位1%の大学受験生でなければ解答できない。試しに、これを並べ替え問題としてではなく、「次の英文のIt を説明せよ」という形で出題してみるといい。
It is to invention that we owe our civilization.
Itを形式主語と答える大学受験生はごまんといる。 強調構文のthatを見抜くには、「名詞節that」「関係代名詞that」「副詞節that」の判別が前提である。したがって、この並べ替え問題は、つい3ヶ月前まで中学生であった高1生には、とうてい不可能なのである。この超難問をこの教師は以下のように説明する。
Dは「チャレンジしてみなさい。」 のつもりで出題しました。(1)はこの先「強調構文」を学習してからでも遅くありません。完成文はIt is to invention that we owe our civilization. ですが、下線部が強調されている部分で、全体としては「私たちの文明は発明のおかげである」くらいの意味です。―テストの「講評」
私は、この教師自身がこの問題を解答できなかったはずだと確信している。その理由は2つある。1つには、この教師がこの英文を完全に理解していれば、これを高1生に出題するはずがないし、このような誠実さを欠く解説にはならないからだ。
また1つには、「全体としては『……』くらいの意味です」という言い回しである。なぜはっきりと言い切らないのか。なぜ曖昧にぼかすのか。この自信のなさはどこからくるのか。この英文の意味は、「私たちの文明は発明のおかげである」であり、それ以上でも以下でもない。
もし、This is a book.を、「全体としては、これは1冊の本である、くらいの意味です」、He is a boy.を、「全体としては、彼は1人の少年である、くらいの意味です」、といちいち書く教師がいたら、生徒はこの教師を無能だと思うだろう。生徒の本能は、教師の知的レベルを見抜き、自分たちがまともに扱われていないことを見抜くのである。
この問題は「強調構文」を学習したから分かるという問題ではないのだ。問題を出した以上は生徒にわからせる責任が生じる。自分が出した問題を出しっぱなしで、その責任を取らない教師は無責任である。
●大手を振ってウソがまかり通る
教師の実力のなさを示す例を他にも挙げておこう。「辞書は大変有用であるが……」を英作せよという問題―7-(1)。この教師は以下のようにコメントする。
The dictionaryとしているミスも目立ちました。今回は特定されていない一般的な辞書の話をしているので、the dictionaryは不可です。チャートp395~を読んでおきましょう。―テストの「講評」
「the dictionaryは不可」は、目を疑う解説である。この教師が「読んでおきましょう」と勧めるチャートp398には、こう書いてある。
「犬というもの」の言い方は次の3つがある―Dogs, A dog, The dog
Who invented the telephone?(誰が電話を発明したのか)は、theがtelephoneに付いているからといって特定の電話を指すものではない。ページまで指定しておきながら、自分が読んでもいない参考書を、生徒に「読んでおきましょう」は、笑うに笑えないブラックジョークである。この教師の手にかかると、まともな答案を書いた生徒の方が減点されるのである。
問題はこの教師一人の無知にとどまらない。この教師に反省を促す教師はいない。見て見ぬふりをしてるのか、鈍感なのか、それとも無責任なのかは分からない。この高校には、公の印刷物で自分たちの無知を晒すことを恥とする文化がないのである。
●英文法を知らない教師の文章
問題2-(2)のコメント
When+S+will+原形という形になっているということは、「~する時」ではなく、「いつ~するか」という訳の用法です。時制の授業で習ったことなので、復習しておきましょう。when it doesの方は、「~する時」の用法です。―テストの「講評」
英文法を知らない教師が、文法用語を使わないでどうやって英文の読み方を教えるのかと常々疑問に思っていた。
この教師の頭の中には、「副詞節のなかでは未来を表すwillは使えない」「副詞節はこう訳す」「名詞節はこう訳す」という手法は存在しないらしい。その代わり、「○○と訳す用法」「××と訳す用法」「△△と訳す用法」という様々な「訳出用法」が存在するようである。
「いつ~するか」という訳の用法とは? 「~する時」の用法とは? この教師が言いたいことを推察すると、「when+will+Vは『いつするか』と訳し、when+Vは『する時』と訳す」、ということらしい。要するに、「whenにwillがあればこう訳す」「whenにwillがなければこう訳す」、と言いたいらしい。もしそうなら、whenの代わりにifならどうなるのか、before ならどうなるのか、afterならどうなるのか、といろいろツッコミを入れたくなる。
そもそも、「~である」と訳せるなら、それで十分ではないか。なぜ後からわざわざ「□□と訳す用法」と名付けるのか。このようなゴチャゴチャした解説を分析していると、私の頭までゴチャゴチャしてくる。
思考がゴチャゴチャしているから、書きことばもゴチャゴチャする。話しことばもゴチャゴチャする。こんな教師から英語を学べば、生徒の頭は必ずゴチャゴチャする。
●答案はでたらめでもいいからたくさん書けという指導
マークシート方式では、4つの選択肢から1つの正解を選ぶ。わからない場合でも、どれか1つを選んでおけば、25%の確率で正解することができる。分からなくても得点できるのだから、かなりいい加減な試験である。マークシートの不備を補う一つの改善策がある。とんでもない不正解の番号を選んだ生徒は大幅に減点するというものである。
There are many people ( ) the park. で、( )に入る適切なものを選べとし、次のような選択肢を設ける。―1.in 2.on 3.into 4.which
1.はプラス2点、2.は0点、3.も0点、4.はマイナス10点
4.をマイナス10点としたのは、あり得ないミスだからだ。分かりもしないのに適当に選んでいると地雷を踏むことになる。当たれば儲けものと考える受験生が少しは減るかも知れない。しかし、こんな小手先の策を講じるよりも、英文を訳させてみれば実力は一目瞭然である。
英文が正しく読めているどうかは訳文で分かる。それは、たくさん書いているから良しとする問題ではない。でたらめをたくさん書いている答案は、でたらめの量が多いだけの話である。しかし、そうは考えない教師もいる。
多くの生徒が最後まで読んで果敢に解答していたのがよかった。分からなくとも、空欄にせず書く、ということはどの問題に対しても大切にしてください。―問題3.のテスト「講評」
「果敢に解答していた」と、あたかも美談のように褒め称えるが、言い換えれば、でたらめでもいいからたくさん書けと勧めているのである。何か書いておけば部分点があるかも、というさもしい根性を持てと勧めているのである。
分からなければ何も書くな、が真っ当な指導である。「正々堂々と振る舞え」「卑怯なことはするな」「潔くあれ」、が日本人の美徳である。われわれ日本人が桜の花を愛でるのは、一つに、その散り際の潔さに心を打たれるからである。
●「やーい、ざまーみろ」、という幼児性
このテストの平均点は33点である。ということは100点満点のテストで1桁台がごろごろいるということである。この高校には近隣の中学でトップクラスの生徒が入学してくる。このテストで1桁台の生徒は、英語に対する夢と希望が打ち砕かれる。高校入試で9割を得点した自信と誇りは消え失せる。英語に対して嫌悪感を抱くようになる。嫌いな学科を学ぶことほど苦痛なことはない。こうした生徒は途方に暮れ、以後の英語学習で苦しみ続けるのである。そして、その苦しみは、まともな指導者に出会うまで一生続く。
1桁台がごろごろいる一方で、60点、70点を取る強者もいる。最高点は89点と聞く。なかには英語がペラペラの帰国子女がいたりする。こういう生徒は教師にとって目障りであり、自分たち教師の地位を脅かす存在なのだ。優秀な生徒、特に英会話が達者な生徒に対して教師が抱く劣等感は相当なものである。
しゃべれないことに対する世間の風当たりは強い。あるいはそう非難されて仕方ないと思い込んでいる。英語教育に対する確固たる信念がないから、そういう世間の圧力に弱い。使命感がないから、目の前で苦しむ英語難民を救うことはない。勤勉でないから、救う術を知らない。
しゃべれない、文法も知らない、勉強もしない、教え方もヘタな教師は、劣等感のかたまりである。優秀な生徒を前にして教壇に立つことが怖いのである。「使命感もない」「熱意もない」「実力もない」ことを見抜かれることを恐れるのである。―すでに見抜かれているのだが。自分たちを見下す生徒をギャフンと言わせる唯一のチャンスが試験である。試験で、ここぞとばかりにうっぷんを晴らそうとする。
「やーい、ざまーみろ、こんな問題できないだろうー、どーだ、悔しいか」は、学校現場におけるハラスメントである。自分の内面が貧しいから、すなわち劣等感とストレスでいっぱいだから、弱者に当たるのである。内面が豊かで満ち足りた教師であれば、生徒に寄り添い育てようとする。
●あなたたちのことを思って、という「実テ」の偽善
教師は過重労働と言われるが、本当にそうなのか。実力テストを例に考えてみる。その実施にはさまざまな工程が伴う。問題作成、印刷、採点、集計、講評など。
問題作成といっても、教師自らがオリジナル問題を作るわけではない。入試問題のコピペである。解答や講評の筆跡と文体から判断して、3、4人の教師が関わっていることがわかる。複数の人間が寄ってたかって好き勝手にコピペして作った問題だから一貫性がない。どういう能力を問うのか、その趣旨がバラバラである。全体を見通す統括責任者がいないから、同種の問題が重複しても気づかない。解答が誤答のこともある。不勉強だから、出典の印刷物の答えを鵜呑みにし、検証もせずにそれが正しいと思い込んでいる。
問題用紙は光沢のある高級紙で印刷が立派である。版組から判断して、プロの印刷業者によるものだと考えられる。紙質が高級で、見栄えがいいと中身まで優れているように錯覚する。一方で、解答や講評の用紙は、安っぽいザラザラのわら半紙である。中身もそれに相応したものになっている。
採点は、和訳担当、英作担当、記号担当というかたちで分担して行うのか、それとも1学年280人を4人の教師が分担し1人70枚を受け持つのかは分からない。後者を前提に計算すると、採点するのに1枚10分なら、計11時間40分かかる。集計や記帳の手間を考えると、採点には各教師が十数時間を要していると思われる。
「講評」を配るようになったのは、私の記憶では去年からである。それまでは、出しっぱなしで、アフターケアはなかった。しかし、「講評」とは名ばかりで、その内容はお粗末である。書くべきことは書かない。どうでもいいことを書く。誤りを堂々と書く。B4のわら半紙の「講評」には、愚にもつかない助言が並ぶ、―覚えましょう、見直しましょう、できるようにしましょう、大切にしましょう、押さえておきましょう。こんな中身のない「講評」の作成に、数時間を費やしているのである。ちなみに、この「講評」を読む塾生は一人もいない。
手間と時間をかけた「実テ」が、生徒の利益にならないばかりか、英語難民を大量に生み出している。驚くべき生産性の低さである。まったく意味のない余計な仕事を、自分たちでわざわざ作り出しておいて過重労働だと不平を言うとしたら、とんだ茶番である。
●模試の作成はとてつもなく大仕事なのだ
河合塾が全国模試をどう作成しているかを、『悪問だらけの大学入試』(丹羽健夫著)から紹介しておこう。
・99年度の場合、年間で27本作成(マーク模試4本、記述模試8本、特定大学模試13本、小論模試2本)
・英語の場合、翌年の入試を念頭におき、フレーム作りに1ヶ月、会議2回。
・問題の作成と審査に2ヶ月、会議2回。
・以上の準備を踏まえて、問題の編集に2ヶ月、会議3回。
・つまり、1回の問題を作るのに、5ヶ月、7回の会議を要す。
・模試は作りっぱなしではない。英語の場合、「解答解説」の冊子はA5判37ページ。「採点講評」の冊子は6ページ。
・「どんな能力を試そうとしたのか」「その意図は成功したのかどうか」が、これらの冊子ですべて丸裸となって世間の目に晒される。
・つまらない問題を作って、高校から模試の採用を見放されてはたまらないから、出題スタッフには二重三重のプレッシャーがかかる。
・問題作成料としてスタッフ全員に11万円。チーフは24万円。これに会議出席料が加わる。ただし試験実施後、内容の完成度に応じて、作成料は増額されたり減額されたりする。だから出題スタッフは必死なのだ。生活がかかっているのだ。
・1回分の1科目の問題作成のためのスタッフの人件費だけでも250万円。1人当たりにすると、チーフが会議料・出題料・採用料込みで35万円。一般スタッフが25万円。
●お花畑で脳天気に暮らす高校教師
丹羽健夫は、その著書『予備校が教育を救う』で次のように述べている。「人気のある予備校教師には共通点がある。それは、授業の準備に膨大な時間を費やしていることだ。90分の授業を行うために、彼らは実に7時間もの予習を行っているのである」
1回の授業のためにその数倍の時間をかけて予習をする高校教師を、私は見たことがない。喰うか喰われるかを生き抜く予備校教師と、お花畑で脳天気に暮らす高校教師とは、似て非なるものであり、月とスッポンほどの差がある。
サバンナに生息するライオンと、飼い慣らされた動物園のライオンとは、別の生き物なのである。もし野生のライオンに憧れ、その真似をしようとする動物園のライオンがいたら、能力もないのに百獣の王を装うその姿を、愚かなライオンだと世間は嘲笑するだろう。だが、このライオンがその愚行を止めることはない。なぜなら、愚かだからである。
2024年7月11日