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『700選』を音読しながら眠ってしまう ― 音読のすすめ (21)  

●分割すると覚えられない

 公立中学で英語を教えているOBから電話があった。『700選』の暗記に取り組んでいるという。「前半の350まで暗記してきたが、その一方で、覚えたはずの英文を忘れていく。こんな状態で、後半に進んでいいのか迷っている」という。

 『700選』を小さく分割して、分割した箇所が暗記できたら次に進もうと考える人は多い。理にかなっているようにみえるが、このやり方で『700選』を覚えたという話は聞かない。たいていは最後まで行き着く前に挫折する。

 『音読のすすめ(18)』にも書いたが、うるし塗りの作業を考えればいい。お椀の半分だけを塗り重ねて完璧に仕上げ、それから残り半分にとりかかるのは、いかにも不自然。『700選』も全体として一つの作品になっている。勝手な箇所に切れ目など入れず、全体をひとかたまりとしてとらえて一様に取り組む方が上手くいく。

●自然界に境界線はない

 自然界はアナログになっている。黒と白のあいだには灰色のグラデーションがある。デジタル時計が午前6時を示すからといって、6時きっかりに夜が明けるのではない。暗闇からだんだん明るくなり、いつのまにか朝になる。空と宇宙の境界線はない。手のひらと手首の境界線もない。「言葉」が、アナログな世界にあたかも境界線があるかのように錯覚を起こさせる。

 リスニングだけを訓練してもコミュニケーション能力は向上しない。恋人同士なら見つめ合うだけの沈黙でもコミュニケーションは成り立つ。スピーキングとリスニングは混然と溶け合って一体となっている。バラバラに分解して個別にマスターしようとするのは合理性に欠ける。

 大学入試センター試験でリスニングが導入されて久しいが、導入以後、大学生や社会人のコミュニケーション能力が向上したというデータは見たことがない。

●暗記する気はなくても暗記できる

 『700選』を覚える際も、100回も音読したのだから、ここからが暗記だなどと考えない方がいい。音読と暗記に境界線はない。100回読んだからといって、ストレスなく覚えられるわけではない。

 早く覚えてしまいたいのが人情だが、覚えようとしなくても、読み続けていれば必ず覚えてしまう。かりに覚えられなくても、身体に染み込んでいくからムダにはならない。

 暗記できると期待していると挫折する。期待どおり進まなくてあきらめる。いっそうのこと暗記を止めてはどうか。焦らずに続けていれば遅かれ早かれ必ず暗記に行き着く。

 『ういろう売りの台詞』は歌舞伎の台詞で、滑舌の訓練になると聞いていた。音の面白さに惹かれてただ読み続けていたある日、目が追っている箇所よりも数語先をしゃべっているのに気づいた。ひょっとしたら暗記しているのではと、原稿を伏せてみると、案の定すらすら言えるようになっていた。

 「暗記しようとせずに暗記する」を身をもって体験した衝撃の瞬間だった。

●音読しながら眠ってしまう

 『ういろう売りの台詞』は普通に読むと5、6分かかる。読み慣れてくると、最終的には3分くらいで読めるようになる。読み始めのころは、目は原稿にグギ付けになる。舌がもつれそうになるから原稿に集中する。

 自転車に乗るのと同じで、やっと乗れるようになった当初は、ペダルをこぎながらバランスをとるのと、ハンドル操作に気をとられる。乗るのに慣れてくると音楽を聴いたり景色を楽しんだりする余裕がでてくる。

 音読でも、ひとつの文章を何度も読み続けているとリラックスして読めるようになる。原稿に集中しなくても、余裕で読めるようになる。余裕がでてくると音読しながら、頭は別のことを考え始める。今日いち日を振り返ったり、明日の予定を考えたりするようになる。考えようとして考えるのではなく自然にそうなる。

 同じ文章を延々と読み続けているので退屈きわまりない。お経を唱えているように単調になる。飽きてきて、その退屈をまぎらわそうと、脳は勝手なことを考え始め、頭のなかは雑念が渦巻く。

 飽きて、辟易し、もうこれ以上はうんざりだと思うようになる。さらにそのうんざりが高じると吐き気をもよおすことがある。言葉のあやで言っているのではなく、実際に胸がむかつき吐きたくなる。

 それでもかたくなに音読を続けていると、目を開けているのが辛くなる。まぶたは意に反してどんどん重くなる。頭がボーッとしてくる。眠くて眠くて仕方がない。原稿はぐるぐる回り始め、意識がさまよい出す。声に出して読みながら意識はもうろうとなる。ついには意識が途切れパタンと眠ってしまう。

 奇異に聞こえるかも知れないが、本を読みながらうたた寝をしてしまうことを考えれば、それほど異常なことではない。

●目安にはなっても目指してはいけない

 音読しながら眠ってしまう現象は、『ういろう売りの台詞』のときだけではない。『英標』でも、『サンシャイン3』でも経験している。たぶん再現性と普遍性があるのだろう。『英標』の音読を30年近く続けてきて何度も経験してきたし、『サンシャイン3』では、1,250回の音読の中で幾度となく経験してきた。

 『700選』はほぼ完璧に頭に入っていて、普段は散歩しながら暗唱している。歩いているので眠ってしまうことはないが、ついこのあいだは椅子に座って暗唱していたら、やはり十数分で眠ってしまった。

 指の力が抜け、特製の「暗記シート」が手から滑り落ちる。気がついて再び暗唱に挑もうとするが、猛烈な睡魔が波状的におそってくる。どうにも耐えきれず、とうとう眠りに陥る。

 個人的体験から、こんなことが言える。「音読しながら頭が別のことを考え始めれば、暗記は近い」「音読をしていて吐きたくなったら機が熟している」「音読しながら眠りに陥るようになれば一人前」。

 これらは、容易に暗記できる状態になったことを示す目安にはなっても、目指すべき目標ではない。目指すということは、意識してそこに到達しようとすることだから矛盾する。無意識に起こる現象を意識して引き起こすことはできない。

 黒と白のあいだには灰色のグラデーションがある。音読と暗記のあいだにも無数のグラデーションが存在する。アナログな世界にデジタルな切れ目はない。音読を続けていればいつのまにか覚えてしまう。夜が明けていつのまにか朝が来るように。

 A watched pot never boils.「見つめられた鍋は決して煮え立たない」

2016年11月10日

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