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『英文法を知っていますか』


●「手のほどこしようがない」「教えようがない」

 『英文法を知っていますか』(渡部昇一著・文春新書)の「序章」は、次のような指摘から始まっている。

 ―― 日本の英語教育への批判はいくらでもある。そのなかでも最も有害とされているのが英文法である。英文法さえ追放してしまえば日本人の英語力は向上するといわんばかりである。文科省の方針もその方向に向いている。

 学校の先生は英文法を教える気がない。生徒も学ぶ気がない。若い英語教師を見て驚くことは、たとえば「関係代名詞がどの先行詞にかかるか」には無関心なことである。しかし、いわゆる良い大学に入ろうとすると、文法的なことをやらないと入試は通らない。そこで予備校に行く。予備校教師は初歩から教えることになる。

 予備校教師の意見は一致している。「昔だったら中学生でも知っていたことからはじめなければならない」「手のほどこしようがない」。高校の英語教師に聞くと、「教えようがない」と答える。

 大学の英文科でも、英文法を教えるところは稀になり、新言語学が主流になっている。しかし、新言語学は、英語を正確に読んだり書いたりするには全くといっていいほど役に立たない。――(以上要略)

 同書の出版は2003年、今から10年以上も前の話だが、現在も英語力の低下は止むことなく、年ごとに確実に下落している。現場で教えていて事態の深刻さを痛感している。

●オーラル・アプローチ批判

 同書を読むと、「新言語学」が主流となり「文法軽視」へと推移していった流れがよくわかる。同書の「オーラル・アプローチ批判」を要略しておこう。ここで使われている「規範文法」や「伝統文法」は、いわゆる「学校文法」のことである。

 ―― フリーズ博士を中心とするミシガン大学の構造言語学や、その応用である「口頭導入教授法」(オーラル・アプローチ)は、1つの優れた理論だが、構造言語学がアメリカで発達したのは、文献記録のないアメリカ・インディアンの話し言葉を、つまり話し言葉しかない民族の言語を記述することが目的だったからだ。そこでは、こうした記述言語学が、科学文法であるとされ、規範文法は科学的学問ではないとされた。 

 かくして1950年代から、学校教育の場で「英文法」が軽んじられる風潮が生じ、敵視される傾向が生じた。こうして「口頭導入教授法」が日本でも主流となっていった。

 フリーズ博士のオーラル・アプローチは、元来はスペイン語を母語とするヒスパニック系移民に英語を教えるために用いられ、学習環境が英語を話す社会であることが前提である。難しい文章を読むことも、立派な文章を書くことも目的としていない。

 伝統文法は、元来が古典などの立派な本を読み、立派な文章を書こうという動機から生じたもので、本質的に「読み書き」のための文法である。構造言語学の文法は、インディアンのように文献のない民族の言語を分析し、しかもそれによって作文する動機のないところで出来たもの。すなわち「幼稚なおしゃべりのための文法」であり、伝統文法とは根本的に違うのである。――(以上要略)

●構造言語学では、英文は読めないし書けない

 ―― 故・金口儀明上智大学教授は、受験英語を重視され、予備校でも人気があった。若い私に向かって「君の言う通りだ。構造言語学では大学受験の英語は訳せないし、英作文もできないよ」と言ってくださった。

 故・中島文雄東大教授は、常に最新の言語学の成果を日本に導入する先頭に立っておられたが、晩年は「伝統文法によってちゃんとした本を読んだり書いたりできるようになることを目指した英語教育が本道である」と言っておられた。

 戦前の英語教育では、英会話の機会は稀だったが、規範文法の学習は行き過ぎるほど規範的だった。教室では、名文の暗誦が行われ、英作文は入試でも重視されていた。その伝統は昭和60年頃までは不動だったが、構造言語学やオーラルアプローチの導入と共に、教師の側に規範文法を教える自信が失われ、生徒も我慢して文法を学ぶ気をなくしていった。

 アメリカ人やイギリス人は、話し言葉の訛りや文法ミスに甚だしく寛容である。世界中で多くの人が、国際語として英語を使っているのだから、訛りが激しかったり文法が変則的だったりするのは当然である。

 しかし「書き言葉」となるとまるで違う。この場合の「書き言葉」とは、大学のレポートや論文のことである。アメリカの大学で教授がこういうのを聞いたことがある。「留学生が、"We was"などと言うのは許せるが、レポートにそう書いてあったら、そんなものは読まない」―― (以上要略)

●英文法を知らなければ大統領の演説がわからない

 同書の末尾に、次のような書き出しで、以下の英文を訳せという課題が載っている。

 ―― 最後に一つ、英文法の試金石になる例をあげてみよう。次の一文はアメリカ初代大統領ジョージ・ワシントンが1796年の9月19日に、大統領職を去るに当たってお別れのスピーチ(farewell address)をした時の語りだしの部分である。

 この文章を正確に―― 名文である必要はない ―― 日本語に訳すことができるかどうか。またそういう訳になることを、つまり文法的に、 生徒・学生に説明できるかどうか。そういうことのできる先生にめぐり会えれば、こういう文章を正確に読み、それに近いレベルの英語が書ける生徒・学生も出てくるであろう。これからの日本には、このレベルの英語のできる人が多く必要なのではないだろうか。―― (以上要略)

 Friends and Fellow-Citizens. The period for a new election of a citizen, to administer the executive government of the United States, being not far distant, and the time actually arrived, when your thoughts must be employed in designating the person, who is to be clothed with that important trust, it appears to me proper, especially as it may conduce to a more distinct expression of the public voice, that I should now apprize you of the resolution I have formed, to decline being considered among the number of those, out of whom a choice is to be made.
 


 この英文を読み解くうえでの手がかりとなる「文法上の要点」と「拙訳」を挙げておこう。

 ①2行目、beingの働きは?
 ②2行目、distantの後のandは何と何をつないでいるのか?
 ③3行目、whenは関係副詞か、疑問詞か、それとも接続詞か?

 ④4行目、it appears~のitとは?
 ⑤4行目、as it may~のitとは?
 ⑥5行目、that I should~のthat節は何節か?

 ⑦6行目、to decline~のto不定詞は何用法か?
 ⑧6行目、amongで始まる前置詞句の働きは?
 ⑨6行目、the number of ~は、「その数」とは訳さない、なぜか?


 友人および国民のみなさんへ。合衆国の政治を司るための、国民による新たな選挙の時期が、そう遠くない時期なのですが、その時期が実際にやって来ました。そして今、あの重要な信頼という衣を身にまとうことになる人物を指名するに際し、国民のみなさんは様々な思考を働かさねばなりません。多数のうちから選ばれるべき一人となることを私が辞退する決意をしたことを、この決意は適切だと思えるのですが、いまそれをみなさんにお知らせします。特にこのことによって世論がより明確に表明されることへとつながるからです。(拙訳)
 

2015年01月20日

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