勝浦英語塾では、英語指導歴30年のエキスパートが、大学受験英語を通して、30年後にも通じる、生き方と在り方とその方向性を伝えています。 

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    ─── センター試験の廃止を (その4) ───



          マークシートでは統合能力が育たない


  
    

 
●文章は手探りで書いている

 文章を書くのは困難な作業だ。まず頭の中にどこからともなく何かぼんやりとした考えが浮かんでくる。たとえば、それが「本」についてだとする。次にその本を「どうするのか」をハッキリさせなければならない。「買うのか」「借りるのか」「もらうのか」……。結局、言いたいのは「彼にこの本をあげる」ということだとする。

 こんどは「彼にこの本をあげる」をどう表現するかを考える。「この本をあげるのは私だ」「彼にあげるのはこの本だ」「この本は彼にあげるのだ」と、さまざまな言い回しが頭に浮かぶ。言い回し方は無数にある。無数にある表現形式の中からどれか一つを選ばなければならない。選ぶときの基準は漠然としていて、ああでもない、こうでもないと、フィーリングのようなものを頼りに選んでいる。

 なぜこんな話をしているかというと、文章を書くのとセンター試験の問題を解くのとでは、頭の使い方がまったく違うことを言いたいからだ。無から有を生み出すのが文章を書くことだとすれば、センター試験は最初からお膳立てが整っている。読むべき英文も、設問も、あらかじめ設定されている。解答も4つの中から選べばいいから至れり尽くせりである。

●センター試験は1秒で解答できる

 「センター試験」と「記述問題」とでは、頭の使い方がどう違うのかを具体的に説明しておこう。以下は(  )内に入れるのに最も適当なものを、①~④のうちから選べという問題だ。

 You hear it (  ) that fathers want their sons to be what they feel they cannot themselves be.

 ①say     ②to say     ③saying     ④said

 どんな問題集ででも見かけるありふれた問題だ。試験なれした受験生なら1秒もかからずに即答するだろう。なぜなら問われているのは、「hearの動詞型」と「itが何を指すか」の2点だけだからだ。itがthat節を受けていることがわかると、that節の中身とは無関係に問題文はいっきに簡略化される。I heard the song sung. が理解できる受験生であれば、You hear it said.を見抜くのに時間はかからない。

 一方、You hear it said that fathers want their sons to be what they feel they cannot themselves be.を「訳せ」という記述問題の場合はどうだろう。ポイントとなるのは、構文の把握と日本語を書く能力の2点である。使われている英単語はすべて基本語だが、that節以下の構造は意外と複雑だ。

 ①Fathers want their sons to be X. → SVOC
 ②They feel they cannot themselves be X. → SV+[SVC]

 文構造の理解には上記の2文がwhatで連結されていることの理解が必須だが、ここでは構文の解説よりも、訳出するときの日本語の訳文に焦点を当ててみよう。

●ねじれた文

 学生が書く文でよく目にするのが「ねじれた文」である。「ねじれた文」とは、主語と述語が一致していない文のことである。

 「遅刻したのは、電車の中で旧友とばったり出会い話がはずみ楽しかった」では、「遅刻したのは~楽しかった」と、主語と述語がねじれている。「遅刻したのは~話に夢中になり駅を乗り過ごしたからだ」と書いてはじめて意味が通じる。

 例題の文は、that節のなかに、[fathers want~]の節があり、さらにその中に[they feel~]の節があり、さらにまたその中に[they cannot~]の節がある。つまり3重の埋め込み構造になっている。短い文であれば「ねじれ」は起こりにくいが、このように複雑な文になると、文を構造化して見る目がないと、主語と述語がねじれる可能性が高い。

 また訳文の書き出しも、英文がYou hear~で始まるからといって、「あなたは~」で始めてしまうと、「~を聞いたことがあるだろう」で終わることになる。これでは主語と述語が遠く離れて読みにくい文になってしまう。ここでは主語と述語を離さないで書く工夫が要る。

 さらに単語レベルでは、文中にfathersとsonsの2つの複数名詞があるから、theyを単に「彼ら」と訳しただけでは、theyが「父」を指すのか「息子」を指すのかがハッキリしない。

●文章が書けない学生が増えている

 このように「訳す」という作業には思いのほかさまざまな注意力が求められる。文章を書くことと比べると、センター試験は主体的にかかわる部分は限りなくゼロに近い。解答するまでの思考の手順が、「問題文」→「設問」→「選択肢」の順で決まっている。手順が決まっているということはマニュアルどおり考えていけばいいということである。

 『センター試験の英語』という本があるが、英語は英語であり、センター試験だからといって特殊な英語があるわけではない。選択肢に迷ったら③を選べとアドバイスする攻略本まである。①が正解では答えがすぐに見つかってしまう、④が正解では端っこ過ぎるというのがその理屈だが、①が10回以上続くことだって珍しいことではない。こんな薄っぺらな受験技術を身につけたところで世の中で生きていくうえでは何の力にもならない。

 精神科医の岡田尊司氏は、『なぜ日本の若者は自立できないのか』のなかで、「文章を書くこと」についてこんな指摘をしている。

日本の若者はなぜ自立できないのか


岡田尊司(おかだ たかし) 1960年、香川県生まれ。精神科医。医学博士。東京大学哲学科中退。京都大学医学部卒。京都大学大学院高次脳科学講座神経生物学教室、脳病態生理学講座精神医学教室にて研究に従事。現在、京都医療少年院勤務。山形大学客員教授。パーソナリティ障害、発達障害治療の最前線に立ち、臨床医として若者の心の問題と向き合っている。

 「どうしても文章が書けない学生がいる。一流大学の大学院生で研究テーマは花形分野の最先端のもの。彼は研究者としてやっていくことはおろか、一般企業に就職することすら無理だと感じている。高い知能を有しながら、文章にまとめるとなると何をどう書いていいのかわからないのだ。このように文章が書けない学生やサラリーマンがいま非常に増えている。これは情報を組織化し系統化していく統合能力の問題である。文章を書くことは、かつてはもっとも重視され鍛えられていたが、マークシート方式の試験が主流になってからはおろそかにされている」

●正解の選択肢などない

 センター試験は他人が作った問題である。他人が作った問題に沿って、他人の思考の思惑どおりに考えていけばいいのだから、創造性や独創性や個性など生まれるはずがない。文章を書くのに型やパターンはない。それでも、つかみどころのない考えを言葉として形あるものにしていくのが書くことである。言葉を知っているからといってただちに文章が書けるわけではない。

 文章を書くことと同じように、人生も思い通りにならないことやトラブルの連続である。それらに対処するのに、正解の選択肢などないし、答えも定かではない。そもそも答えなどないかも知れない。

 岡田氏はこう指摘する。

 「統合能力が弱いと、文章が書けないだけでなく、ささいなことで切れたり短絡的な行動に走ったりする。またトラブルに遭遇するとそれを克服したり解決策が見いだせず、ウツになる人も多い。統合能力を高めるには、『子どものころの遊び』や『文章を書くこと』が有効である。ボール遊びや鬼ごっこといった子どものころの遊びは、知覚能力や運動能力といった違ったモードで情報処理を同時に行うからである。予測できない要素が入れば入るほど、それは統合機能のよい訓練になる。文章を書くことは非常にすぐれた統合能力の訓練なのだ」

 幼児期に遊んでいないと統合能力が弱い。「帰宅部」で勉強に専念していても統合能力は育たない。記号当てのクイズが上手くなっても、生きていく上での自立にはつながらない。

 センター試験の受験者数は50数万人にのぼり、18歳人口の半数近くが受験している。こんな試験のために、たくましく生きていく力が若者から奪われているとしたら大問題である。

2012年11月07日

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