勝浦英語塾では、英語指導歴30年のエキスパートが、大学受験英語を通して、30年後にも通じる、生き方と在り方とその方向性を伝えています。 

120924

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  思い込みで英文を読んではいけない


●見当をつけて読め?

 受験参考書に目を通していると、こんな文章が目を引いた。私の英文解釈の考えとは真っ向から対立する主張だ。

 「個々の英文を精読する前に、文章全体を通読し、おおよその大意を把握しておくことが望ましい。おおよそどんなことが書かれているか、あらかじめ見当をつけながら読んでみる。分からないところがあっても、すぐに辞書を引いたりせずに前後の文脈から推測し見当をつけて考えてみる。こうした大意を把握する訓練をすることが、遠回りに見えて、英文を解釈するうえで、把握力、想像力を鍛える近道である」

 「英文が読めるということは、はじめて目にする英文の意味が大体わかることであり、何の準備もせずいきなり読んでも、おおよその内容がつかめるということである。木を見て森を見ずであってはいけない。個々の英文に振り回されることなく、大意を常に念頭に置いて読むことが大切である」

 この文章の内容をさまざまな角度から批判してみよう。

●「見当」は常に「見当はずれ」を生む

 「おおよその大意」「おおよその内容」とは何を指すのだろう。個々の文の意味は脇に置き、文章全体の意味をつかめということのようだ。しかし、そんなことはありえない。文章は一つひとつの文が寄り集まって成り立っている。個々の文が理解できなければ、文章全体はおぼろげな霧に包まれたままである。

 意味がわからなければ、文脈で補えというが、「推測」や「見当」は、常に「見込み違い」や「見当はずれ」を生む。いいかえれば、「誤解」である。「誤解」をいくら重ねようと、「正しい解釈」にはならない。文章全体は「誤解」の寄せ集めとなる。思い込みと想像で読むのが英文解釈ではない。

●文法軽視が学力低下を招く

 以下に挙げた3つの文で主に使われている単語は、I、found、book、easyである。「推測して」「見当をつけて」が読み方だとすれば、これらの単語をつなぎ合わせることが英文解釈ということになる。実際、英語が苦手だという受験生は、これら3つの文の区別がまったくできない。そして、ここでつまずく受験生は、想像以上の数にのぼり、その数は、年々、増え続けている。

 I found an easy book.  かんたんな本を見つけた
 I found the book easily. その本をかんたんに見つけた
 I found the book easy.  その本がかんたんだとわかった

 日本語で、「私は彼に本をあげた」は、次のように語順を変えても意味は変わらない。「私は……あげた」「彼に……あげた」「本を……あげた」は、どれも同じ意味だ。ではなぜ語順を変えても意味の混乱が起きないのか。それは、「は」「を」「に」といった助詞が、何が主語で何が目的語かを明示しているからだ。

 英語が不得意な受験生ほど、英文を日本語と同じ感覚で読もうとする。その結果、found、book、easyという単語の意味さえわかれば、英文が理解できると考える。よりどころとなるのは単語の意味だけである。

 英語に「助詞」は存在しない。助詞がないのにどうやって主語や目的語がわかるのか。それは、単語の位置関係で決まる。V(動詞)の前にくるのがS(主語)であり、Vの後にくるのがO(目的語)である。いいかえれば、英文が読めるかどうかは、ひとえに5文型が認識できるかどうかにかかっている。

 どんなに複雑な文であろうと、どんなに長い文であろうと、どんなに難解な文であろうと、すべて5文型に分類できる。そして、主要な文法項目の解説は、S、V、O、Cの認識をベースに展開される。逆にいえば、S、V、O、Cがわからなければ、文法の学習は必ず行き詰まり、正確に英文が読めるようには決してならないということだ。

●「飛んでいる飛行機」か、「飛行機を飛ばす」か

 英文を読むのに、日本語の呪縛から抜け出せない受験生から、こんな質問を受けたことがある。I spoke to him.は、なぜ「私は彼に話しかけた」となるのか。toは「~に」、himは「彼に」の意味なのに、なぜ「to him」を「彼にに」と訳さないのか。

 また、Much people read in papers is not true.を訳してもらうと、「多くの人々が……」と訳す受験生が後を断たない。muchは不可算名詞を修飾する。much sugarやmuch waterはあっても、much peopleはない。「多くの人々」の意味であれば、英文はmany peopleである。では、muchとpeopleの関係はどうなっているのか? いったい、この文の主語はどこにあるのか?

 次の文は2通りに解釈できる。変形生成文法のテキストには必ず登場する文である。生成文法の教科書風にいえば、表層構造が同じでも深層構造が異なるということである。

 Flying planes can be dangerous.

 ①Flyingは現在分詞でplanesを修飾していると解釈すれば、
  「飛んでいる飛行機は危険だ」となる。

 ②Flyingは動名詞でplanesはその目的語だと解釈すれば、
  「飛行機を飛ばすことは危険だ」となる。

 ①と②では、まるで意味が違う。文法の知識がなければ2通りの解釈などおぼつかない。「おおよそどんな意味か見当をつけて読む」が読み方だとすれば、いったいここでは何を読めというのだろう?

●生活のなかの「思い込み」と「決めつけ」

 「前後の文脈から推測し見当をつけて」は、英文解釈なら単なる誤訳ですむが、日常生活のなかでは、ケガをしたり、人間関係で思わぬトラブルを起こすことにもなる。

 工事現場や飯場で見かけるような大きなヤカンがある。たっぷり10リットルは入りそうなヤカンだ。10リットルの水は10キロの重さだから、「ヤカンを持ち上げるには相応の力がいる」と考える。いざ持ち上げようとした瞬間、ギクッとぎっくり腰を起こすことがある。なぜか? あらかじめ思い込んでいた重さとは違い、ヤカンの中は空っぽだったからだ。

 もう一つのエピソードは、「思い込み」と「決めつけ」で行動すると、人間関係がぎくしゃくしてしまう話だ。

 深夜、携帯メールの着信音が軽やかに鳴った。画面に浮かぶ、たった2行の文面。「ずっと好きでした。付き合ってください」
 前触れもなしに突然、訪れた告白メール。佐枝子さん(29)は驚きと不可解さで、目 がクギ付けになった。メールの発信者は、1年ほど前に異業種交流会で知り合った堅一(34)からだった。
 堅一とは、毎回5、6人程度が集まる交流会の仲間の一人として、仕事の情報を交換 したり、息抜きで飲みに行ったりする仲だ。好印象は抱いていたが、それ以上、「男」を意識したことはなかったし、堅一も自分に好意があるようなそぶりを見せたことなどもなかった。
 相手の真意を測りかねたが、心は揺れた。どう返信していいか、3時間以上も迷った揚げ句、「友達だと思っていたんだけど……」と、若干含みを持たせたメールを送ってみた。すると、わずか1分ほどで返信があった。それも2行だけだった。「誠に申し訳ありませんでした。なかったことにしてください」
 それから3か月近くたつが、堅一から連絡はない。月に1度の交流会にも、彼は姿を見せなくなった。  
                                        Yomiuri Weekly 2005.10.16

 メールの着信音が鳴ったのが深夜。かりに午前0時としよう。メールを受けた女性は3時間以上も迷って返信したから、午前3時を回っている。その間、男性は一睡もせずに携帯を見つめていたことになる。

 ここでは、男性は「思い込み」や「決めつけ」から二度の誤った行動をとっている。一つは、いきなりの告白メールである。空っぽのヤカンでぎっくり腰になるのと同じミスである。剣客同士が立ち会う場合、いきなり相手の懐に切り込んだりはしない。実力を確かめようと、にじり寄ったり剣先を微妙に動かし探りを入れる。

 もう一つの誤りは、男性の「なかったことにしてください」である。女性からのメールは、含みのある内容で、男性をきっぱり拒絶したわけではない。女性は、男性からの次の連絡を待っているし、交流会での再会も気にしているようだ。女性の心は揺れているのだ。「拒絶された」と判断したのは、男性の早とちりである。

●見なければならないものを見ない

 最後に「思い込みでものごとを判断するな」と戒めている名文を挙げておこう。

 We all go through life wearing spectacles coloured by our own tastes, our own calling, and our own prejudices, measuring our neighbours by our own tape-measures, summing them up according to our own private arithmetic. We see subjectively, not objectively; what we are capable of seeing, not what there is to be seen. It is not wonderful that we make so many bad guesses at that prismatic thing, the truth.

                                  Alfred G. Gardiner

 われわれはみな自分の趣味、自分の職業、自分の偏見によって色づけされためがねをかけて世の中を渡り、自己流の尺度によって隣人を測り、自分の勝手な算術によって隣人を品定めする。われわれは主観的にものをながめ、客観的にはながめない。見ることのできるものだけをながめ、見なければならないものは見ない。だから真理という多彩なものについていろいろと間違った推測をするのはなにも不思議ではない。
                           英文標準問題精講・練習問題【7】



 「おおよそどんなことが書かれているか見当をつけて読む」を、日本語の文章を読むことに置きかえてみればいい。いかに不自然で誤解を招く読み方であるかがイメージできるだろう。日本語の文章を読むのに、私はこんな奇妙な読み方をしたことがないし、これからもしようと思わない。あるがままに、書かれているとおりに読もうと思う。

 2012年09月24日  

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