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  『スモール・イズ・ビューティフル』 原子力 ── 救いか呪いか

 今週号の週刊誌(2011・6・30号)には、こんな見出しが並んでいる。

  • 福島原発に無責任な安全宣言
  • 汚染水浄化なんて夢のまた夢
  • フランスの原発処理企業・チェルノブイリでの最悪最低の評判
  • 東電だけが悪いのか
  • すべての原発停止で日本の明日は
  • 人権団体から解任要求された放射線アドバイザー 

 原発事故は、その推移や、責任論、補償問題、風評被害といった目先の問題にどうしても注意が向くが、そもそも原発はいったい何が問題なのか?

 E・F・シューマッハーは、『スモール・イズ・ビューティフル』(講談社学術文庫)のなかで、原発問題の本質を明快に述べている。

 著者のE・F・シューマッハー(1911年8月16日~1977年9月4日) は、経済思想家であり、英国の首席経済顧問を20年にわたって務めた。The Times Literary Supplementは、『スモール・イズ・ビューティフル』を第二次世界大戦後に出版された書籍の中で、世界に影響を与えた100冊に選出している。

スモール イズ ビューティフル


    以下は、同書の第2部・第4章・「原子力──救いか呪いか」
    (P176~P194)を要略したものである。

    原著のSmall is Beautifulは1973年の出版で、
    数字やデータは当時のものだが、いま読んでも、
    その論旨にいささかの違和感もない。

 ●人類存続の脅威 

 人間が自然界に加えた変化の中で、もっとも危険なものは、大規模な原子核分裂であり、放射能汚染は環境汚染のきわめて重大な原因となり人類の生存を脅かす。

 一般の人たちは原子爆弾の脅威に注意を奪われるが、原子力の平和利用のほうが、人類に及ぼす危険ははるかに大きいかもしれない。経済学という宗教に毒されて、政府も国民も原子力の「採算性」にしか目を向けていない。

 ●半永久的汚染

 放射性物質は、いったん造ったが最後、その放射能を減らす手だてがまったくない。放射能に対しては、化学反応も物理的操作も無効で、ただ、時の経過しかその力を弱めることができない。

 炭素14は半減期が5,900年であるが、このことは放射能が半減するのに6,000年かかるということを意味する。ストロンチウム90の半減期は28年である。だが、半減期の長さがどうであれ、放射能は半永久的に残るわけで、放射性物質を安全な場所に移す以外に施すすべがない。

 しかし、原子炉から出る大量の放射性廃棄物の安全な捨て場所はない。生物がいるところならどこでも、放射性物質は生物循環の中にとりこまれる。廃棄物を水に入れると、数時間後にはその大半が生物の組織の中から検出される。プランクトン、藻、多くの海中動物には、放射性物質を1000倍、ときには100万倍に濃縮する力がある。生物は他の生物を食べて生きているから、放射性物質は生命の連鎖を上にたどって、最後には人間に戻ってくるのである。

 ●最大の廃棄物

 いちばん大きい廃棄物といえば、いうまでもなく、耐用期間を過ぎた原子炉である。原子炉を使える期間が20年か25年か、ないしは30年かといった経済問題については議論がやかましいが、人間にとって死活の重要性をもつ問題はだれも論じていない。

 その問題とは、原子炉が壊すことも動かすこともできず、そのまま、何百年間も何千年間も放置しておかなければならないこと、そしてこれは空気と水と土壌の中に放射能を洩らし続け、あらゆる生物に脅威を与え続けるということである。

 どんどん増えていくこのような悪魔の工場の数と場所を、人は考えてもみない。もちろんのこと、地震は起こらないものと想定されており、戦争も内乱も予想の中には入っていない。

 ●許容限度は科学的判断ではなく行政の判断

 多くの政府は、放射性物質ごとに「最大許容濃度」(MPC)と「最大許容水準」(MPL)を決めている。MPCは人体内で蓄積される放射性物質の許容量を決めようとするものであるが、どんなにわずかな蓄積でも、生物学的な害を与えることは周知のとおりである。

 アメリカ海軍放射線研究所の説明によれば、「放射能の影響を完全に消すことができるかどうかわからないので、どうしても人が堪えうる程度、つまり『受け入れうる』限度を恣意的に決めるほかない。つまり、それは科学的判断ではなく、行政的な決定なのである」。

 ●空気と水と土の汚染

 原子力の平和利用が本格化してくると、放射性物質は精製化学工場と原子力発電所の間を往復し、発電所から廃棄物処理工場へ、さらに再生処理工場から廃棄場に次々と運ばれることになるだろう。

 この輸送の途中とか、生産の最中に大きな事故が起こると大惨事になる。そして、世界中の放射能の水準が、世代を追ってぐんぐんと上がっていき、遺伝学者のいう有害な変異の発生数も同様に急増するだろう。

 放射線で空気や水や土壌が汚染されるのと比べたら、煤煙で空気が汚れるのにどれほどのことがあろうか。石炭や石油で空気や水を汚す害悪を軽視しようというのではけっしてないが、放射能汚染は、そのひどさの次元においてこれまでのどんな汚染とも比較にならない。

 疑問はこれだけではない。空気が放射性粒子を帯びてくるとなると、きれいな空気を求めても無意味ではあるまいか。空気の汚染が避けられたとしても、土壌と水とが毒されてしまえば、それは無意味ではないだろうか。

 経済学者も次のような疑問を抱くのではあるまいか。人類にとってかけがえのない地球が子孫を不具にするかもしれないような物質で汚染されているのに、経済的進歩、高い生活水準について語ることにいったい意味があるのだろうか。サリドマイドの悲劇の教訓は忘れられたのだろうか。

 原子力発電所がもっとたくさんできてしまうと、危険を抑えうるかどうかとは関係なく、選択の余地が失われてしまうだろう。過去30年間の科学技術の発達で、まったく許しがたい危険が生まれてきているのである。1960年9月に開かれた全米ガン学会において、何万尾ものマスが突然肝臓ガンにおかされた事実を報告している。

 ●どこに保管するのか

 現在、原子力は世界の発電量の1%しか占めていない。だが、現在の計画がそのまま進められるとすると、西暦2000年までにこの比率は50%以上に達しているだろう。ということは、電気出力50万キロワットの原子炉が毎日二基建設されるのにあたるのである。

 放射性廃棄物について最大の心配は、半減期の長い放射性廃棄物の保管である。他の汚染物質と違い、放射能を消す手だてはないので、永久保管するしかない。イギリスでは、ストロンチウム90は、液状にして巨大なステンレス製タンクに保管されている。このタンクは絶えず水で冷却しなければならない。放射能で温度が上がり、沸騰点に達してしまうからである。

 これ以上原子炉を作らないとしても、このタンク冷却は長期間続けなければならないだろう。だが、ストロンチウム90は、今後いちじるしく増えるものと予想されるから、問題はいっそうむずかしいものになろう。

 それだけではない。高速増殖炉が採用されるようになると、そこから出てくるのは半減期の非常に長い大量の放射性物質であり、したがって、状況は一段と悪くなるだろう。

 実際のところ、われわれは将来、放射性物質から逃れることができるかもしれないというかすかな希望を持って、承知の上で有毒物質をためこんでいるわけである。自分ではどうしていいかわからない問題の解決を、子孫に押しつけているのである。

 ●即刻の方向転換を

 人類は、廃棄物処理に解決策がないと気づくよりも先に、原子力に運命を委ねてしまったのではないか。委ねてしまったとすれば、放射能の危険を無視し、建設ずみの原子炉を使用するように強い政治的圧力がかかってくるだろう。

 しかし廃棄物処理の問題が解決されるまて、原子力計画の進行速度を落とすことこそが慎重な態度であり、廃棄物の管理方法がわからない間は原子炉は建設すべきではない。

 では、増加の一途をたどるエネルギー需要を、どうやって満たしたらよいのだろうか。計画にある電力需要は、原子力なしでは満たせないのだから、電力を含めたエネルギーをあまり無駄遣いしない社会を作っていくべきである。しかも、このような方向転換は、即刻行なう必要がある。

 経済が繁栄するからといって、「安全性」を確保する方法もわからず、何千年、何万年の間、ありとあらゆる生物に測り知れぬ危険をもたらすような、毒性の強い物質を大量にためこんでよいというものではない。それは生命そのものに対する冒涜であり、その罪は人間のおかしてきたどんな罪よりも数段重い。

 文明がそのような罪の上に成りたつと考えるのは、倫理的にも精神的にも、また形而上学的にいっても、化け物じみている。それは、経済生活を営むにあたって、人間をまったく度外視することを意味するものである。

2011年6月27日

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