─ センター試験の廃止を(4) ─
●センター試験は1秒で解答できる
( )内に入れるのに最も適当なものを、①~④のうちから選べ。
You hear it ( ) that fathers want their sons to be what they feel they cannot themselves be.
①say ②to say ③saying④said
ありふれた問題なので、試験なれした受験生なら即答する。問われているのは、「hearの動詞型」と「itの内容」の2点のみ。itがthat節を受けていることがわかれば、that節の中身とは関係なく問題文はいっきに簡略化できる。
I heard the song sung. が理解できる受験生であれば、You hear it said.は簡単に見抜ける。
もし、次の文を「訳せ」という設問なら、正答率は限りなく低くなる。これを日本語に訳すには、英語力の他に相当な国語力がいる。
You hear it said that fathers want their sons to be what they feel they cannot themselves be.
「父親たちが自分にはなれない感じるているものに息子にはなって欲しいと、父親たちが言っているのをあなたは耳にする」
●ねじれた文
「ねじれた文」とは、主語と述語が一致していない文のこと。
「遅刻したのは、電車の中で旧友とばったり出会い話がはずみ楽しかった」では、「遅刻は…楽しかった」と、主語と述語がねじれている。「遅刻は…駅を乗り過ごしたから」と書いてはじめてまともな文になる。
例題の文は、that節のなかに、[fathers want~]の節があり、さらにその中に[they feel~]の節があり、さらにその中に[they cannot~]の節がある。つまり3重の埋め込み構造になっている。
短い文であれば「ねじれ」は起こらないが、このように複雑な文になると、文を構造化して見る目がないと、主語と述語がねじれる可能性が高い。
●文章が書けない学生が増えている
このように「訳す」という作業にはさまざまな注意力が求められる。一方で、センター試験は主体的にかかわる部分はゼロに近い。解答に至るまでの思考の手順が、「問題文」→「設問」→「選択肢」の順で決まっている。手順が決まっているということはマニュアルどおり考えればいいということになる。
選択肢に迷ったら③を選べとアドバイスする攻略本まである。①が正解では答えがすぐに見つかってしまう、④が正解では端っこ過ぎるというのがその理由。
精神科医の岡田尊司氏は、『なぜ日本の若者は自立できないのか』のなかで、「文章を書くこと」についてこんな指摘をしている。
岡田尊司(おかだ たかし) 1960年、香川県生まれ。精神科医。医学博士。東京大学哲学科中退。京都大学医学部卒。京都大学大学院高次脳科学講座神経生物学教室、脳病態生理学講座精神医学教室にて研究に従事。現在、京都医療少年院勤務。山形大学客員教授。パーソナリティ障害、発達障害治療の最前線に立ち、臨床医として若者の心の問題と向き合っている。
― どうしても文章が書けない一流大学の大学院生がいる。彼は研究者としてやっていくことはおろか、企業に就職することすら無理と感じている。高い知能を有しながら、文章にまとめるとなると何をどう書いていいのかわからない。
このように文章が書けない学生やサラリーマンは増えている。文章を書くことは、かつてはもっとも重視されていたが、マークシート方式が主流になってからはおろそかにされている ―
●正解の選択肢などない
センター試験は他人が作っている。他人の思考の思惑どおりに考えていけばいい。そこには創造性や独創性など生まれる余地はない。文章を書くには、つかみどころのない考えを言葉として形あるものにしていかなければならない。言葉を知っているからといって文章が書けるわけでもない。
書くことと同じように、人生も思い通りにならない。危機やトラブルがつきまとう。それらに対処するのに、正解の選択肢などないし、答えも定かではない。そもそも答えなどないかも知れない。
岡田氏はこう指摘する。
― 統合能力が弱いと、文章が書けないだけでなく、ささいなことで切れたり短絡的な行動に走ったりする。トラブルに遭遇すると解決策が見いだせずウツになる。
統合能力を高めるには、『子どものころの遊び』や『文章を書くこと』が有効。ボール遊びや鬼ごっこでは、知覚能力や運動能力という違うモードでの情報処理を同時に行う。
予測できない要素が入れば入るほど、それは統合機能のよい訓練になる。文章を書くことは非常にすぐれた統合能力の訓練になる ―
勉強ばかりに専念していては統合能力は育たない。記号当てのクイズが上手くなっても、生きていく上での自立にはつながらない。センター試験のために、たくましく生きていく力が若者から奪われている。
(2012年11月07日)2020年01月07日 改稿